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2026年9月26日土曜日

CDやサブスクにはない魅力!今あえて「レコード」を聴きたくなる理由

レコードは昭和の時代、音楽を聴くための一般的なツールでした。ポリ塩化ビニールで作られていることから、英語では「Vinyl(ヴァイナル)」と呼ばれています。レコードは取り扱いを誤ると、すぐにホコリが付着して雑音が生じてしまいます。そのため、静電気防止スプレーやホコリ取り用のクロスは必須アイテムでした。

その後、普及する音楽媒体は磁気テープ(カセットテープ)やCDへと変遷し、現在ではストリーミング配信が主流となっています。手軽に、どこにいても音楽が聴けるという意味では便利な時代になりました。

しかし、レコードそのものは消えることなく、むしろ近年では人気が再燃していると言われています。その理由は様々ですが、私が考える最も大きなポイントは「音質の深み」です。 レコードからCDへの移行期、山下達郎氏が「まだCDの音質はレコードには及ばない」として、すぐにはCD化しなかったというエピソードがあります。それほど音質に明確な違いがあったのでしょう。

もう一つのメリットとして挙げられるのが、ジャケットデザインを楽しめる点です。特にLPレコードは30cm四方ほどの大きさがあるため、アルバムごとに趣向を凝らしたデザインを鑑賞できます。 有名なジャケットとしては、ピンク・フロイドの『原子心母』に描かれた牛のジャケットや、『狂気』のプリズムのデザインが挙げられます。これらはすべて「ヒプノシス」というデザイン集団が手掛けたものです。 また、イエスのジャケットも作品ごとに独自の世界観がありますが、そのほとんどをアーティストのロジャー・ディーン氏が手掛けています。

スマートフォンなどの小さな画面では、こうしたジャケット美術の魅力を十分に味わうことは難しいでしょう。音楽だけでなく「ジャケットデザインも含めて作品を楽しみたい」という人が増えたことも、レコード復活の後押しになっているのではないでしょうか。

インテリアとしてジャケットだけを飾る人もいるかもしれませんが、レコードの売り上げとともにレコード針の売り上げも伸びていることを考えると、実際にプレイヤーで再生して聴いている人が増えていると分かります。 レコード針の最大手メーカー「ナガオカ」は、市場がCDへ移行した際、経営が風前の灯火(ともしび)とまで言われていました。しかし現在では、海外市場でも高級レコード針の売り上げが伸びるなど、かつての勢いを取り戻しつつあるようです。私自身、ナガオカのレコード針には大変お世話になったので、個人的にも応援したい気持ちでいっぱいです。

なお、レコード針を使わずに光で音を読み取る「レーザーターンテーブル」という技術もありますが、非常に高価格帯であるため、ナガオカのような針メーカーの業績を脅かすほどの影響はないでしょう。

※レコード時代の雰囲気を表現したBGM動画です


2026年9月25日金曜日

雨の日をテーマにしたポップス

 


はじめに

雨の日が嫌いな人は多そうですが、反対に「雨音を聞いていると心が落ち着く」という人もいます。雨が降らないと困る仕事もあれば、降ると困る仕事もある——物事には常に二面性がありますが、雨をテーマにした名曲を聴いて困る人はいないはずです。

今回は、私がこれまで親しんできた洋楽ポップスの中から「雨」にまつわる名曲たちをご紹介します。

60年代を彩った洋楽雨ソングと「邦題」の裏側

60年代の雨の曲といえば、以下の3曲がすぐに思い浮かびます。

  • 「悲しき雨音」(ザ・カスケーズ)

  • 「雨に消えた初恋」(ザ・カウシルズ)

  • 「雨にぬれても」(B.J.トーマス)

カウシルズは美しい家族ハーモニーが印象的なグループで、日本でも放映されたTVドラマ『パートリッジ・ファミリー』のモデルになったと言われています。

カスケーズの「悲しき雨音」は、私自身カラオケで歌うほど大好きな曲です。ところで、当時の洋楽の邦題には「悲しき〜」「悲しみの〜」という言葉が多用されていました。「悲しき初恋」「悲しみの街角」「悲しきインディアン」など例を挙げればきりがありませんが、当時の日本には「マイナー調の曲がヒットしやすい」という特有の空気感があったようです。

ザ・ローリング・ストーンズの「悲しみのアンジー」が日本で大ヒットした際も、「ビートルズ人気の影に隠れていたストーンズが、日本人の好むマイナー調を出したからヒットした」という分析がなされました。しかし、実際には「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」の方が日本のランキング上位でしたから、評論家の分析もあまり当てになりませんね。

映画を彩った名曲と「隠された雨の意味」

映画『明日に向かって撃て!』の主題歌として有名な「雨にぬれても」(バート・バカラック作曲/B.J.トーマス歌)は、映画とともに世界的な大ヒットを記録しました。

一見、雨とは無関係に見える「カリフォルニアの青い空」も、原題は『It Never Rains in Southern California』という立派な雨の曲です。「南カリフォルニアでは滅多に雨は降らないが、降るときは大どしゃ降りになる」という挫折を描いた歌詞になっています。

また、変わった視点ではクリーデンス・クリアウォーター・リバイバル(CCR)の「雨を見たかい」が挙げられます。一見爽やかな曲ですが、実はベトナム戦争への反戦歌であり、「雨」とは空から降り注ぐナパーム弾(焼夷弾)を例えたものだという説があります。映画『地獄の黙示録』で、ワーグナーの「ワルキューレの騎行」を響かせながらナパーム弾を投下するシーンを彷彿とさせます。

「雨の日」と「月曜日」は世界共通で憂鬱?

カーペンターズの「雨の日と月曜日は」は、「雨の日と月曜日は気分が滅入る」と歌う切ない名曲です。外回りの営業マンなどは、まさに共感してしまうシチュエーションではないでしょうか。同じ雨の歌でも、晴れやかな曲もあれば憂鬱を描いた曲もあり、聴き比べる楽しさがあります。

ちなみに、「月曜日」をテーマにした曲もヒット作がたくさんあります。

  • 「マニック・マンデー」(バングルス)

  • 「マンデー・マンデー」(ママス&パパス)

  • 「哀愁のマンデイ」(ブームタウン・ラッツ)

「月曜日が憂鬱」というのは国を問わず世界共通の感覚のようです。日本で言う「サザエさん症候群」は、世界中で歌にされてきたのですね。

※憂鬱な雨の日はこのBGMを流して気分を落ち着かせましょう。




タイムスタンプ(チャプター)を設置するメリット

YouTube動画にタイムスタンプを設置すると、視聴者の利便性が一気に向上します。特に音楽動画では「どこに何の曲があるか」が一目で分かり、時間をクリックするだけで聴きたい曲へすぐスキップできるようになります。

【記載例】

00:00:00 曲名 A

00:03:24 曲名 B

00:06:54 曲名 C

※1時間に満たない動画は「00:00」表記でも問題ありません。ただし、最初は必ず「00:00」または「00:00:00」からスタートしないとタイムスタンプとして認識されない点にご注意ください。

上記のように概要欄(説明欄)へ記載し、設定画面で「自動チャプターの適用」にチェックを入れると、動画下の再生バー上に曲名が表示されます。音楽動画以外でも、見どころをタイムスタンプ化しておくことで視聴維持率の向上が期待できます。


◆BGM動画のタイムスタンプ作成を劇的に効率化する方法

BGM動画は曲数が多く、1つずつタイムスタンプを作るのは大変な作業です。CapCutにはタイムスタンプの自動生成機能がないため手作業が必要になりますが、AIと試行錯誤した結果、最も効率的な手順を確立できましたので備忘録として共有します。

【事前準備】

Sunoなどで作成した楽曲は、動画タイトルをつけた1つのフォルダ内にすべて保管しておきます。※作業の妨げになるため、関係のないファイルは入れないようにしてください。

【作業手順(Windows向け)】

エクスプローラーで音源フォルダを開き、アドレスバーの空きスペースをクリックして「cmd」と入力しEnterを押す。

開いたコマンドプロンプトに dir /b | clip と入力(貼り付け)してEnterを押す。

クリップボードにファイル名一覧がコピーされるため、表計算ソフトに貼り付けて整形する。

(拡張子等も含まれるため、「形式を選択して貼り付け」などを利用して必要なデータのみ抽出するのがおすすめです)

※表計算ソフトごとの詳細な関数や操作については、ChatGPTやGeminiなどのAIツールに尋ねると素早く解決できます。

【LibreOffice Calcでの活用例】


私はLibreOffice Calcを使用しています。

時間の列は数値入力で「00:00:00」表示になるよう書式設定し、C列にタイトルを入れると、B列に「時間+タイトル」が自動結合されて表示されるように組み組んでいます。

一見難しそうに見える作業ですが、一度流れを覚えてしまえば大幅に時間を短縮できます。必要に迫られて工夫することこそ、効率化の一番の近道ですね。

※タイムスタンプをまだ手作業でひとつひとつ作った動画です。タイムスタンプがどのようなものか確認してみてください。



2026年9月23日水曜日

ドライブでの音楽


 目を悪くしてからドライブにはあまり縁がなくなってしまいましたが、かつてドライブのお供といえばカセットテープやラジオが中心でした。その後CDがメインになりましたが、今はどうなのでしょうか。

ドライブ中に聴く音楽は、大きく分けて2種類あると思います。ハードな曲をガンガン鳴らすか、あるいはドライブデートのように会話を邪魔しないBGM風の曲か。

Lo-Fiはまさに後者のタイプの音楽です。室内での読書や勉強中のBGMにも向いており、まさにオールマイティーなBGMと言えます。

昔よくドライブで聴いていたのは、山下達郎や大瀧詠一、YMOなどでした。特に夏のドライブには山下達郎や大瀧詠一がぴったりで、当時は好きな曲を寄せ集めてドライブ用のオリジナルカセットテープを作るのが流行っていました。今で言う「プレイリスト」のようなものですね。

今のストリーミングサービスでは他人が作ったプレイリストも手軽に利用できるため、自分で作る必要はなくなりましたが、あれこれ悩みながら好きな曲を選ぶ時間そのものが一つの楽しみでもありました。

※ドライブ向けLo-FiBGM


ドライブ中に聴く音楽やプレイリストは、運転の疲労を軽減し、移動中の気分を高める重要な役割を果たします。利用者の多い音楽配信サービスの動向や、シチュエーションに応じた楽曲・プレイリストの選び方について解説します。

ドライブで選ばれやすい音楽の傾向と特徴

車内で流す音楽には、走行音の中でも聴き取りやすく、リズム感が心地よい楽曲が好まれる傾向があります。

  • 爽快感・テンポ感重視: テンポが良く清涼感のあるJ-POPや洋楽は、天気の良い日のドライブや高速道路の走行時に適しています。

  • 洋楽・AOR・フュージョン: 都会的な街乗りや夜間の高速道路では、主張しすぎず車内の雰囲気を引き立てる洗練されたリズムの楽曲が人気です。

  • 定番ドライブソング: [Alexandros]の「ワタリドリ」やL'Arc~en~Cielの「Driver's High」、藤井風の「きらり」など、疾走感のある楽曲が広く親しまれています。

主要配信サービスの公式プレイリスト活用

サブスクリプション型の音楽配信サービスでは、ドライブのシチュエーションに応じた公式プレイリストが多数提供されています。

  • Spotify: 「令和・平成編 ドライブが100倍楽しくなるドライブソング」など、年代やジャンルを越えたヒット曲をまとめたリストが豊富です。

  • Amazon Music: 「ドライブに聴きたい曲」といった定番のプレイリストがあり、最新ヒット曲から往年の名曲まで幅広く網羅されています。

  • Apple Music: 「今聴きたい、ドライブソング」など、季節や気分に合わせた選曲が更新されています。

自作プレイリスト作成のポイント

自分でドライブ用のプレイリストを組む際は、以下の構成を意識するとより快適な車内空間を作ることができます。

  1. 序盤(出発〜市街地): 軽快でテンポの良い曲でテンションを上げ、運転への集中を高めます。

  2. 中盤(高速・郊外・沿岸部): 爽快感のあるロックやフュージョン、POP系を中心に構成し、心地よい走行感を維持します。

  3. 終盤(帰路・夜間): ゆったりとしたAORやバラード、ローファイなサウンドを取り入れ、長時間の運転による疲れを和らげます。

用途や同乗者の好みに合わせてプレイリストを準備しておくことで、より快適なドライブを楽しめます。

2026年9月22日火曜日

ヘビメタでワークアウト

 


若い頃はヘヴィメタルをほとんど聴いていませんでしたが、そもそも当時は「ヘヴィメタル」というジャンル自体がまだなかったように記憶しています。当時は、重厚で激しい音楽といえば主に「ハードロック」と呼ばれていた時代でした。

「ヘヴィメタル」という言葉自体も、ステッペンウルフの『ワイルドで行こう(Born To Be Wild)』の歌詞で耳にしたことがあるくらいでした。

私が初めてヘヴィメタルという存在を意識したのは、メタリカの『エンター・サンドマン』だったと思います。これも、松井秀喜選手がヤンキースにいた頃の守護神マリアノ・リベラの登場曲だったことがきっかけでした。

メタリカには『エンター・サンドマン』のほかにも、ラブクラフトのクトゥルフ神話を題材にした『クトゥルーの呼び声(The Call of Ktulu)』のように、ホラーテイストの楽曲が多く、そこに惹かれていきました。

ヘヴィメタルはテンションが上がる曲が多いので、運動しながら聴くとトレーニングの効果も高まりそうです。



この動画の音楽はSunoで作られています。簡単にSunoのメリットやデメリットをまとめてみました。

Sunoは、テキストによるプロンプト(指示文)や歌詞を入力するだけで、ボーカルと楽器演奏を含む高品質なオリジナル楽曲を数秒で自動生成できる大人気の音楽生成AIプラットフォームです。専門的な音楽知識や楽器演奏のスキルがなくても、誰でも手軽に本格的な曲を作れることから、世界中のクリエイターやリスナーに広く利用されています。

Sunoの主なメリット

  • 圧倒的な手軽さとスピード 「アップテンポなロック」「切ないピアノ曲」といった雰囲気を文章で指示するだけで、メロディ、編曲、ボーカル、歌詞を含んだ楽曲が数十秒で完成します。思い立った瞬間にアイデアを音にできる機動力があります。

  • 自然な日本語対応と高い表現力 日本語の歌詞やナレーションにも自然なイントネーションで対応しており、v6などの最新モデルではさらにボーカルの質感や楽器の解像度が向上し、メジャー音楽に引けを取らないクオリティを実現しています。

  • 商用利用の権利(有料プラン) 有料プラン(Proプランなど)に加入することで、生成した楽曲をYouTubeの収益化動画や配信、各種商用プロジェクトで利用できるようになります。

Sunoの主なデメリット

  • 著作権や権利関係の複雑さ AI生成音楽の法的解釈は発展途上であり、学習元データや生成物の権利帰属、類似曲に関するトラブルなど、商用利用時のリスクや不確実性が完全に払拭されているわけではありません。

  • 無料プランの制限と商用利用不可 無料プランでも一定のクレジットが付与されて楽曲生成を行えますが、生成した楽曲の著作権や商業的権利は運営側に留保されるため、原則として商用利用には使えません。また、生成回数や機能に制限があります。

  • 細かな部分修正(コントロール)の難しさ プロンプト主体であるため、「ここのメロディのこの音程だけを変えたい」「ギターのフレーズをピンポイントで修正したい」といった細部の微調整を意図通りに行うのが難しく、納得のいくテイクが出るまで生成を繰り返す必要がある場合があります。

Sunoは、作曲のハードルを劇的に下げ、誰もが音楽制作を楽しめる環境を提供する革新的なツールです。規約を守りながら、アイデア出しやBGM制作の強力なパートナーとして活用されています。

ローハイ?

 私の年齢だと「ローハイ」と聞くと「ローハイド(Rawhide)」を思い出します。古い西部劇のTVドラマですが、内容は覚えておらずタイトルだけが記憶に残っています。

ローハイは「Lo-Fi」のことで、ローハイドとは綴りも意味も全く異なります。Hi-Fi(高音質)の対義語であり、あえて低音質にして昔のレコードプレイヤーで再生したときのような雑音やノイズを混ぜた音質を指します。

現在では単なる音質の状態だけでなく、そうした味のある懐かしい音で作られたゆったりした音楽そのものを「Lo-Fi(ローファイ)」というジャンルとして呼びます。リラックスしたいときや読書、作業中のBGMとして聴くのに最適です。

同様に「チル(Chill)」は英語のスラングで「ゆったり」や「まったり」といった意味があり、Lo-Fiと組み合わせて「Chill Lofi」のように音楽ジャンルや雰囲気を表す言葉としてよく一緒に使われています。



◆Lo-Fi、Chillに人気がある理由

ローファイ(Lo-Fi:Low Fidelity)およびチル(Chill)は、あえて高音質を求めず、温かみのあるノイズやゆったりとしたビートを特徴とする音楽ジャンルおよびスタイルです。現代のデジタル社会において絶大な支持を集めるこのジャンルの歴史と、根強い人気の背景を紐解きます。

  • ルーツと発展(1980年代〜1990年代) 「Lo-Fi」という言葉自体は、1950年代から存在したホームレコーディングや、意図的に音質を落としたパンク・ロック、インディーロックの文化に源流を持ちます。1990年代に入ると、J・ディラやNujabesといったヒップホップ・プロデューサーたちが、ジャズやソウルメンタリティのレコードから音源をサンプリングし、あえてザラついた音質(レコードのノイズやテープの劣化音)を活かしたビートメイキングを確立しました。これが現在のローファイ・ヒップホップの土台となります。

  • ネット社会とYouTubeが生んだ黄金期(2010年代以降) 2010年代半ば以降、インターネットの普及とともに、YouTubeのライブ配信チャンネル(勉強や作業用として24時間配信を行う「Lofi Girl」など)が世界的なブームの火付け役となりました。チルアウト(リラックス)を目的としたメロウなループ音源とアニメーションの組み合わせが世界中のユーザーに拡散され、音楽のサブジャンルとして不動の地位を築きました。

  • なぜ根強い人気があるのか(人気の理由)

    • 情報過多な現代における「デジタルデトックス」 SNSや通知に囲まれた現代人が、日常のストレスや情報過多から解放され、心を落ち着かせるための「逃避場所(サードプレイス)」として機能しています。

    • 心地よい不完全さ(ノスタルジーと癒やし) デジタル機器による完璧すぎる音ではなく、あえて「よれたビート」やレコードのノイズ、雨音などの環境音を取り入れることで、人間の脳がリラックス状態(α波)になりやすい心地よさを生み出しています。

    • 作業用BGM(ワーク・ライフ・バランス)としての機能性 歌詞がない、あるいは主張が控えめなメロディ構造であるため、勉強、読書、プログラミングなどの集中力を要する作業の邪魔にならず、むしろ生産性を高めるBGMとして最適である点が、日常的なルーティンに定着した大きな要因です。

ローファイとチルは、最先端のデジタル技術を背景に持ちながらも、人間が本質的に求める「温もり」や「安らぎ」を提供してくれる存在として、これからも形を変えながら愛され続けていくでしょう。


2026年9月21日月曜日

ブラス・ロック

 


今でもあるかもしれませんが、60~70年代にかけて「ブラス・ロック」という音楽ジャンルがありました。名称の通り管楽器をメインにしたロックバンドの音楽です。

代表的なのはシカゴ、BST(Blood, Sweat & Tears)、チェイス、アイズ・オブ・マーチなどです。シカゴやBSTはヒット曲も多く長く続いたバンドですが、チェイスやアイズ・オブ・マーチに関しては短命だった印象です。

アイズ・オブ・マーチはいわゆる一発屋と言ってもいいでしょう。「ビークル」が大ヒットしましたが、それ以外の曲はあまり知られていません。

チェイスは人気がありましたが、文字通り短命でバンドメンバーのほとんどが飛行機事故で亡くなっています。「オープン・アップ・ワイド」や「黒い炎」に代表されるように、ハイトーンのトランペットに特徴があります。チェイスの人気のせいで、ハイトーンが吹けないトランペッターのニーズが減ったとさえ言われています。

当時、飛行機事故で亡くなるミュージシャンは多く、バディ・ホリーやジム・クローチ、ジョン・デンバーなども飛行機事故で亡くなっています。当時の自家用機はセスナなどの小型機がほとんどで、故障も多かったのかもしれません。時代が違っていれば防げたのかと思うと残念でなりません。


1960年代後半から1970年代にかけて全盛期を迎えたブラス・ロックは、シカゴやブラッド・スウェット&ティアーズといった海外の先駆者たち、そして日本ではスペクトラムなどの登場によって大きな足跡を残しました。時代が移り変わり、シンセサイザーや打ち込みが主流となった音楽シーンにおいて、生楽器の金管セクションを前面に出すこのスタイルは一時期メインストリームから退いたかに見えました。しかし、近年ではインターネットやSNSの普及、そして音楽のジャンル越境(クロスオーバー)が進むなかで、新たな解釈とスタイルをもって再び熱い注目を集めています。

過去の遺産の再評価とデジタル・リバイバル

近年の大きな特徴の一つが、70〜80年代のジャパニーズ・シティポップやフュージョン、そしてブラス・ロックに対する世界的な再評価の波です。YouTubeやストリーミングサービスを介して国境や世代の垣根が取り払われた結果、当時の尖ったアレンジや分厚いホーンセクションの魅力が、現代の若いリスナーやトラックメイカーたちに「新鮮なサウンド」として発見されました。韓国のプロデューサー兼アーティストであるNight Tempoが日本の往年のブラス・ロックバンドの楽曲をリメイク・現代風に昇華させる企画が話題を集めるなど、レトロでありながら先鋭的なグルーヴとして現代のクラブシーンやプレイリスト文化に接続されています。

現代のインディー・シーンやファンクとの融合

現代のブラス・ロックや管楽器を主体としたバンド群は、かつてのプログレッシブな大編成ロックの枠にとどまらず、ヒップホップ、R&B、ファンク、さらにはEDMの要素を貪欲に吸収しています。海外のストリート発のブラスバンドや、日本国内の「在日ファンク」などに代表されるように、タイトなリズム隊と爆発的なホーンセクションが一体となり、ジャンルの境界線を軽々と越えたオーガニックかつアグレッシブなライブパフォーマンスが支持されています。単なる懐古趣味ではなく、現代の耳に心地よい重低音やグルーヴ感へとアップデートされているのが近年の大きな特徴です。

SNSと動画プラットフォームによる可視化

また、TikTokをはじめとするショート動画プラットフォームの普及も、ブラス・ロックの復権を後押ししています。圧倒的なテクニックを要する高速のユニゾンフレーズや、ライブの臨場感あふれるホーンのソロパートは、視覚的・聴覚的なインパクトが強く、短尺の動画コンテンツと非常に相性が良いからです。世界中のミュージシャンがカバー動画やコラボレーションを容易に行える環境が整ったことで、国や言語の壁を越えた緩やかなグローバル・コミュニティが形成され、現代のブラス・ロックシーンを下支えする原動力となっています。

2026年9月20日日曜日

イージーリスニング動画と3人の孫



 昭和の時代では写真を元にしてデフォルメ化した画像を作るというのはハードルが高いものでした。今では画像生成AIに簡単にできるので、今回作った動画の映像部分はそれで作ってみました。

孫3人の写真を元にしてアニメ風に加工した映像を使っています。音楽は寝かしつけにも使えるように穏やかなイージーリスニングで、作業や読書、勉強中のBGMにも最適です。


画像や動画を作るのに利用したCapcutのサービス概要とメリット・デメリットです。

CapCutは、ByteDance社が提供する初心者からプロまで幅広く利用されている多機能動画編集ソフト・アプリです。スマートフォン(iOS/Android)、パソコン(Windows/Mac)、ブラウザ版などマルチデバイスに対応しており、手軽に高品質な動画を制作・編集できます。

CapCutの主なメリット

  • 直感的で操作性が高いインターフェース タイムライン操作が明快で、カット編集、トリミング、テキスト追加、BGM設定などの基本作業を直感的に行えます。動画編集の初心者でも迷わず使いこなせます。

  • 充実したAI機能と自動化ツール 音声から自動で字幕を生成する「自動キャプション」、背景をワンタップで切り抜く「背景除去」、テキスト読み上げ機能など、制作効率を飛躍的に向上させるAIツールが豊富です。

  • 豊富な素材・テンプレート 最新のトレンドに合わせた動画テンプレート、効果音、BGM、フィルター、スタンプ、トランジションが多数用意されており、手軽にSNS映えする動画を作成できます。

  • 基本機能が無料で利用可能 主要な編集機能やエフェクトの多くを無料で利用でき、書き出し時の画質設定(4K解像度や60fpsなど)も高スペックに対応しています。

CapCutの主なデメリット

  • 商用利用の規約制限 アプリ内で提供されている一部のBGMや効果音、フォント、素材には個人利用に限定されているものが含まれます。YouTubeの収益化動画や企業のPR動画などで利用する際は、ライセンス違反にならないよう注意が必要です。

  • 有料プラン(CapCut Pro)への一部移行 高度なAIエフェクト、一部の高品質なテンプレート、容量の大きなクラウドストレージなどの一部機能は有料版(CapCut Pro)の契約が必要です。

  • 端末への負荷とスペック要求 高解像度の動画編集やAIエフェクト処理を行う際、スマートフォンのバッテリー消費が激しくなったり、スペックの低い端末ではアプリが強制終了・動作遅延したりすることがあります。

CapCutは、TikTokやYouTube、InstagramなどのSNS向け動画から、BGMや環境音を組み合わせたVlog・動画コンテンツまで、素早く高品質に仕上げたいクリエイターにとって非常に頼もしい編集ツールです

2026年9月19日土曜日

男女の入れ替わり

 


男女の入れ替わりをテーマにした映画といえば、アニメ「君の名は。」が有名ですが、最初に入れ替わりをテーマにした映画は「転校生」だったと記憶しています。監督はCM出身の大林宣彦。

男女が入れ替わった原因は、一緒に階段から転げ落ちたというもので、あまり原因らしい原因にはなっていません。しかし、エンターテイメントとしては、その後の展開のほうが重要だということでしょう。

エドガー・ライス・バローズの小説「火星のプリンセス」でも、主人公のジョン・カーターが火星に飛ばされた原因は、洞窟に入っただけでした。それでも火星シリーズは大人気で、誰も火星に行った理由や原因を気にしていないようです。

原因がはっきりしている入れ替わりをテーマにしたSF小説には、ロバート・A・ハインラインの「悪徳なんかこわくない」があります。入れ替わりというよりは、死亡した女性の体に大金持ちの老人の脳を移植した、というのが正確な表現です。

この小説は、後年「ゲイのバイブル」とも言われていたようですが、作者にその意図があったとは思えません。



2026年9月18日金曜日

コンセプト・アルバムの最高峰「狂気」

 



70年代のプログレッシブ・ロックによくあったのが、1枚のアルバムを使って一つのテーマを表現した、組曲風のコンセプト・アルバムです。

例を挙げると、ピンク・フロイドの「原子心母」、イエスの「危機」、ロック・オペラと呼ばれたザ・フーの「トミー」などが、そうしたアルバムです。

一方、コンピレーション・アルバムと呼ばれているのは、特定のくくりで複数の曲を集めたアルバムで、複数のミュージシャンの曲が収録されることも多く、アニメの主題歌集などはその代表例です。

最もヒットしたコンセプト・アルバムは、ピンク・フロイドの「狂気」ではないでしょうか。一般的なアルバムも含めて、アルバムとしてトップクラスの売上を記録しています。

「狂気」はビルボードのアルバム・チャートで1位を獲得したほか、741週連続でチャートインした記録でも知られ、ギネス世界記録にも掲載されています。

レコードの売上枚数も世界で5000万枚以上とされており、歴史的な大ヒットアルバムです。

まさに「狂気の沙汰」と言えますね。


天岩戸伝説がテーマのプログレ風コンセプト・アルバムをSunoで作ってみました。


こちらは狂気のフルアルバムです


◆ピンク・フロイドの歴史

ピンク・フロイド(Pink Floyd)は、プログレッシブ・ロックの代名詞として音楽史に不滅の足跡を残した英国のロックバンドです。

  • バンド結成とシド・バレットの時代 1960年代半ば、シド・バレットを中心に結成。1967年にアルバム『夜明けの口笛吹き』でデビューし、サイケデリック・ロックの寵児として脚光を浴びました。しかし、中心人物であったシドは精神的不調により早々に脱退を余儀なくされます。

  • 試行錯誤と世界的ブレイク シドの離脱後、デヴィッド・ギルモアが加入。ロジャー・ウォーターズ、リチャード・ライト、ニック・メイスンとともに大作志向のサウンドへシフトします。1970年の『原子心母』や1971年の『おせっかい』を経て、1973年に歴史的名盤『狂気(The Dark Side of the Moon)』をリリース。全米チャートに741週(約15年間)にわたりランクインし続ける前人未到の記録を打ち立て、世界的メガバンドへ成長しました。

  • コンセプト・アルバムの金字塔 1975年の『炎〜あなたがここにいてほしい』では元メンバーのシドへの想いを描き、1979年の『ザ・ウォール』では人間の孤立や社会への不信をテーマにした壮大なロック・オペラを完成させました。

  • メンバー間の軋轢と解散 ウォーターズの独導的な主導権に対してメンバー間の不和が深刻化し、ライトの解任やウォーターズの脱退(1985年)へ発展。その後はギルモアを中心に活動を継続し、2005年のチャリティライブ「Live 8」では奇跡的に4人での再結成パフォーマンスを果たしました。

代表的なエピソード

  • 「Shine On You Crazy Diamond」録音中の奇跡 1975年、シド・バレットに捧げる楽曲の録音中、音信不通だったシド本人がアビー・ロード・スタジオに突如現れました。容姿が激変していたため、メンバーは当初彼だと気づかず、正体を知るとショックで涙を流したと語られています。

  • 映画『ライブ・アット・ポンペイ』 1971年、西暦79年に火山噴火で埋没した古代ローマのポンペイ遺跡(無観客の円形劇場)でライブを撮影。自然の残響音と音響機材を組み合わせた映像美は、彼らの実験的精神を象徴する作品となりました。

  • 『狂気』ジャケットデザインの誕生 プリズムを通した光が虹色に分かれる有名なジャケットアート(ストーム・トーガソン率いるヒプノシス制作)は、「シンプルでエレガントなものを」というメンバーの意向から生まれ、ロック界で最も認知されるデザインの一つとなりました(※一部画像は推測を含む当時の記録画像に基づくイメージです)。

革新的なスタジオワークとコンセプト性の高い歌詞で、ロックを音の芸術へと昇華させた偉大なバンドです。

ホラー映画



印象に残っているホラー映画の一つに「ファンタズム」があります。この映画のワンシーンに、人を追いかけて空中を飛び回る球体が登場します。その球体が突然2本のナイフを出して、「カツッ」と人の額に突き刺します。

それだけでもショックですが、さらにドリルが出てきて額に入り込み、血液を吸い出します。そして、その血液が球体の後ろから勢いよく飛び出すというシーンでした。

あまりにも意表をついたシーンだったので、怖さや驚きよりも、素晴らしいアイデアだと思ってしまいました。それだけホラー映画を、コメディに近い感覚で観ていたのかもしれません。

ちなみに「ファンタズム」を観ていたとき、ときどき観客席から「ドスン」という音が聞こえてきました。これは、びっくりしてのけぞった観客が、椅子の背もたれにぶつかった音でした。

ホラー映画の音楽は、観客の心理を巧みに操り、恐怖や緊張感を何倍にも増幅させるための極めて本質的な演出装置として機能しています。単なる「お化け屋敷の驚かし」に留まらず、巧みな音楽的手法によって人間の根源的な不安を煽り立てる点が大きな特徴です。

不安を煽る音楽的技法(無調と反復)

ホラー映画では、調性感の曖昧な「無調音楽」や、不協和音をあえて多用することで観客に居心地の悪さや精神的な圧迫感を与えます。代表的な例として、アルフレッド・ヒッチコック監督の映画『サイコ』のシャワーシーンで使われた、バーナード・ハーマンによる耳をつんざくような高音のヴァイオリンの鋭い刻みが挙げられます。また、ジョン・カーペンター監督の『ハロウィン』における、不穏なピアノの反復音のように、シンプルなフレーズを繰り返すことで「何かが迫り来る」という逃れられない恐怖感を植え付ける手法も定番です。

牧歌性と狂気のギャップ

あえて無機質な恐怖音楽ではなく、不気味な童謡や牧歌的なメロディを用いることで、かえって狂気や異質さを際立たせるアプローチも好まれます。映画『エクソシスト』のテーマ曲であるマイク・オールドフィールドの「チューブラー・ベルズ」は、オルゴールのような冷たく静かな鐘の音が、不可解な現象が起きる日常の異常さを深く印象づけました。

電子音楽やプログレッシブ・ロックの導入

1970年代以降、シンセサイザーの普及やロックバンドの起用によって、ホラー映画の音響世界はさらに拡張されました。イタリアのプログレッシブ・ロックバンド、ゴブリンが手がけた『サスペリア』の音楽は、異様なうめき声や呪術的な打楽器、耳障りな電子音が一体となり、映像と完全に溶け合うことで観客を悪夢の世界へと引きずり込みました。近年の作品でも、環境音とアンビエントミュージックの境界を曖昧にした実験的なサウンドが、得体の知れない恐怖を演出するカギとなっています。

2026年9月17日木曜日

ゲーム音楽

 


昔、ゲーム雑誌で「山下達郎さん、気になるゲーム音楽はありますか?」と質問され、「ゲーム音楽は聞きません」と答えていた記憶があります。しかし、その後に「ドラゴンクエスト(ドラクエ)の音楽を担当しているすぎやまこういちは、さすがだと思う」といった内容の返答をしていました。

すぎやまこういちはゲーム音楽でも有名ですが、昭和生まれであれば誰でも知っている「花の首飾り(ザ・タイガース)」「亜麻色の髪の乙女(ヴィレッジ・シンガーズ)」「恋のフーガ(ザ・ピーナッツ)」など、数多くの名曲を夜に送り出しています。実際、これらの楽曲はすぎやまこういち氏の代表的な作品として公式プロフィールにも挙げられています。

ドラクエ関係では、登場人物の商人が主人公の「トルネコの大冒険」があり、ローグライクゲームつながりで「風来のシレン」もよくプレイしていましたが、どちらも音楽を担当していたのはすぎやまこういちでした。実際に「トルネコの大冒険」や「風来のシレン」の楽曲も、すぎやまこういち氏が手掛けています。

ゲーム音楽は当初、電子音によるメロディーが中心でしたが、すぎやまこういちをはじめ、近藤浩治(「スーパーマリオブラザーズ」)、植松伸夫(「ファイナルファンタジー」シリーズ)などの活躍もあって、現在では一つの音楽ジャンルとして定着しています。

近年のゲーム音楽は、ハードウェアの性能向上やオープンワールドなどゲームデザインの進化に伴い、単なる「背景の伴奏」から、プレイヤーの体験を劇的に高める「インタラクティブな演出装置」へと大きく進化しています。

インタラクティブ・ミュージックの進化

現在のゲームでは、プレイヤーの行動や状況の変化に応じて音楽がリアルタイムに変化するシステムが主流となっています。例えば、探索中は静かなアンビエント調の旋律が流れている状態から、敵と遭遇して戦闘状態に移行した瞬間に、シームレスに同じ楽曲のパーカッションやブラスが重なり合ってバトル曲へとトランスフォームする手法が高度化しています。これにより、プレイヤーの没入感や高揚感が途切れることなく演出されます。

ダイナミックなオーディオと環境音の融合

オープンワールドゲームなどの広大なフィールドでは、天候、時間帯、プレイヤーの移動速度や高度に応じて、音楽の楽器編成や音量が細やかに変化する仕組みが取り入れられています。また、音楽と環境音(風の音、鳥のさえずり、足音など)の境界線が曖昧になり、自然界の音と楽器の響きが一体となって一つの世界観を作り上げるアプローチが一般化しています。

多様化する音楽ジャンルとグローバルな展開

かつてはオーケストラやシンセサイザーによる楽曲が中心でしたが、近年のタイトルでは、ジャズ、ヒップホップ、民族音楽、EDM、ヘヴィメタルなど、あらゆるジャンルが作品の世界観に合わせて高水準で取り入れられています。また、世界的なオーケストラコンサートツアーの開催や、ストリーミングサービスでの配信が定着したことで、ゲーム音楽は単体の一級エンターテインメントとして世界中のリスナーに楽しまれています。

2026年9月16日水曜日

初めてSunoを使うときの3つのポイント



Sunoは音楽生成AIで、作曲などができるサービスです。私もSunoで曲を作り、YouTubeで配信を始めたばかりです。半分は趣味なので、収益化できるかどうかはわかりませんが、趣味として長く続けていきたいと思っています。

しかし、Sunoを使ってみると、どうしてもわからないことが出てきます。その都度、AIに相談しながら一つひとつ解決しています。そこで、Sunoや音楽づくりに興味のある人のために、ここを覚えておけば比較的スムーズに、自分が作りたい音楽を生成できるポイントをご紹介したいと思います。

前提として、音楽だけでなく、画像や動画の制作でも著作権の問題が存在します。生成AIを利用するときは著作権について十分に注意し、無料サービスでは商用利用に制限がある場合があることも覚えておきましょう。

Sunoの場合、有料プランと無料プランでは、生成した楽曲の利用条件などが異なります。また、無料プランで生成した曲を後から有料プランに変更した場合の扱いにも注意が必要です。商用利用や権利関係については、利用する時点でSunoの最新の利用規約を確認することをおすすめします。

◆ポイント1……曲のスタイルは英語で指定するとよい

もともと英語圏で作られたサービスなので、英語で指定するのがよいでしょう。スタイルとは、曲の雰囲気や楽器、ボーカルのタイプなどを指定するものです。

細かく指定するほど、自分のイメージに近づけやすくなります。まず日本語で、できる限り細かい指示文を作り、それをGPTやGeminiなどのAIに英訳してもらいます。「Sunoで使うプロンプトである」とAIに伝えれば、Suno向けの自然な英文にしてもらいやすくなります。

◆ポイント2……歌詞もAIで作れる

特に英語の歌詞にしたい場合は、AIに作詞してもらうと便利です。曲のスタイルと同時に依頼すれば、曲のイメージに合わせた歌詞を考えてもらうこともできます。

もちろん、自分で作詞することもできます。その場合も、歌詞をAIに添付してスタイルを英訳してもらえば、歌詞の内容に合った曲のイメージを指定しやすくなります。

◆ポイント3……わからないことはAIに聞いてみる

Sunoの操作など、わからないことがあればAIに聞いてみることで、自分で調べるよりも早く解決できる場合があります。

AIを使うときは、なるべく同じAIを使い、過去のやり取りを参照できるようにしておくと便利です。これまでの質問や回答の積み重ねを活用することで、自分の使い方や目的に合わせた回答を得やすくなります。

以上、初めてSunoを使うのであれば知っておくとよいポイントを、簡単にまとめました。

私自身もまだ素人の段階なので、偉そうなことは言えませんが、音楽に興味のある者同士、楽しみながら頑張ってみましょう。

ちなみに、私が最近作った曲を下記のリンクから聴くことができます。レッド・ツェッペリンのロバート・プラントの声質・雰囲気を意識した曲で、すべてAIを活用して作っています。

みなさんも無料サービスで構わないので、まずは1曲作ってみませんか?

https://suno.com/s/Jj2iMehQ3SQtKHEp

2026年9月15日火曜日

40高中


「40高中」は、昔、道路の路面に記載されていた交通標識で、中速車・高速車の制限速度を示すものです。現在は中速車・高速車という区分がなくなったため、ほとんど見かけなくなりました。

70年代に日本のフュージョン界で活躍した高中正義は、この標識をもじったジャケットのアルバムを発表しています。アルバムタイトルは「AN INSATIABLE HIGH」です。

高中正義の正式なプロデビューは、成毛滋とフライドエッグへの参加から始まります。当時、天才的な才能を持つ成毛滋がいたため、ギターを弾かせてもらえず、ベーシストとして参加していたと言われています。

その後はサディスティック・ミカ・バンドを経て、ギタリストとしてソロ活動を行い、次第にギタリストとしての人気を高めていきます。

70年代の軽やかで爽やかな音楽性とギタープレイには定評があり、当時から人気を集めていましたが、現在では海外でもライブを開催するなど、世界的な人気も高まっています。

70年代の、いわゆるシティポップ人気の波に乗ったとはいえ、高いギターテクニックは健在で、その音楽性も海外のファンを獲得するのに十分だったのでしょう。

本人も、70歳を過ぎてからの人気の高まりに驚いているという趣旨のコメントを出しています。


高中正義が金ね欧米で再発見された経緯はどのようなものだったのでしょうか。

高中正義が近年、欧米をはじめとする世界的な人気を急激に高めている背景には、インターネットを通じた音楽的再評価と、時代を超越したエモーショナルなサウンドの魅力があります。

シティポップ・フュージョン再評価とSNSの波及

海外で火が付いた最大の契機は、1970〜80年代の日本の「シティポップ」や「ジャズ・フュージョン」に対する世界的な再評価ムーブメントです。ヴェイパーウェーブやフューチャー・ファンクといったインターネット発の音楽ジャンルを通じて日本の古い楽曲がサンプリングされ、感度の高い海外の若者たちの間で話題となりました。その中で、インストゥルメンタルを中心としながらも抜群にキャッチーで洗練されたメロディを持つ高中の楽曲が、YouTubeやSNSを介して国境や世代を超えて共有されていきました。

言葉の壁を超える「歌うギター」と幸福感に満ちたサウンド

ボーカル曲が主流のポップスシーンにおいて、高中のギターは「まるで歌っているかのような」表現力豊かなメロディを奏でます。『BLUE LAGOON』や『READY TO FLY』などに代表される、夏やリゾートを想起させる開放的でエモーショナルなフレーズは、歌詞の言語の壁を越えて直感的にリスナーの心を掴みました。クラシックロックやジャズ・フュージョン、サンタナなどのファン層からも「最もハッピーで純粋に楽しめる音楽」として熱狂的に受け入れられています。

データ分析が生んだ大規模なワールドツアーの成功

こうしたストリーミングやSNSでの熱狂は、現実のライブ需要へと結びつきました。プロモーターが世界中のリスナーの再生データを分析し、ファンが多い都市を割り出したことで、ロンドン、ニューヨーク、ロサンゼルスなどを巡る大規模な海外公演やワールドツアーが実現しました。現地の会場には、アルバムジャケットの赤いスーツを真似た衣装を着た20代の若者たちが詰めかけ、満員の観客がギターリフに合わせて大合唱やモッシュ、クラウドサーフィンを起こすなど、日本とはまた違った熱狂的な盛り上がりを見せています。

デビューから半世紀を経て、自身のスタイルを変えることなく世界と繋がったその現象は、日本のインストゥルメンタル・ミュージックにおける歴史的な快挙として現在も大きな注目を集めています。


2026年9月14日月曜日

テクノポップ

 

個人的に昔から電子楽器の音が好きだったため、プログレッシブ・ロックが好きになったのか、それともプログレッシブ・ロックの影響で電子楽器が好きになったのかはわかりません。しかし、そのことがきっかけでテクノポップも好きになったのは、ある意味で必然だったのかもしれません。

テクノポップの代表といえば、まずYMOが思い浮かびます。初めてプログレッシブ・ロックを聴いたときと同じように、大きな衝撃を受け、夢中になった覚えがあります。YMOは日本だけでなく世界的な人気を獲得し、海外ツアーも行っています。

YMOの曲をマイケル・ジャクソンがカバーしたことを知ったのは、かなり後になってからでした。正確には、YMOの「ビハインド・ザ・マスク」をエリック・クラプトンがカバーし、さらにその曲をマイケル・ジャクソンがカバーした、という流れのようです。

海外の著名なミュージシャンが日本の曲をカバーする例はほかにもあるかもしれませんが、複数の世界的なミュージシャンにカバーされた例は、そう多くないのではないでしょうか。

YMO以外では、ドイツのクラフトワークも好きです。「アウトバーン」や「ショールーム・ダミーズ」などは日本でも有名ですが、クラフトワークはYMOよりも前に結成されているため、YMOに影響を与えたミュージシャンの一つと言えるでしょう。

※70年代のテクノポップの雰囲気を残してSunoでアルバムを作ってみました


◆テクノポップの歴史

テクノポップ(Technopop)は、シンセサイザーやシーケンサー、ボコーダーといった電子楽器を前面に押し出した、キャッチーで未来的(レトロフューチャー)なポピュラー音楽のジャンルです。1970年代後半の誕生から現在に至るまで、音楽シーンに大きな影響を与え続けています。

  • 誕生と世界的な台頭(1970年代後半) テクノポップの原点は、ドイツの電子音楽グループ「クラフトワーク」にあります。彼らがアコースティック楽器を排し、電子音のみで構築したポップミュージックを提示したことがすべての始まりでした。 この潮流を決定づけたのが、1978年に日本で結成されたYMO(イエロー・マジック・オーケストラ)です。細野晴臣、高橋幸宏、坂本龍一の3人は、コンピューターによる自動演奏(打ち込み)と鋭いポップセンスを融合させ、世界中で大ブレイクを果たしました。

  • 代表的エピソード:世界を驚かせたコンピューター演奏 YMOの初期の海外ツアーにおいて、シンセサイザーやシーケンサー(当時は大型で高価な機材)をステージ上に並べて自動演奏させるスタイルは、当時の音楽関係者に大きな衝撃を与えました。生演奏が当たり前だった時代において、コンピューターが正確無比なリズムを刻み続けるステージングは「未来の音楽がやってきた」と絶賛され、世界中に「テクノポップ」という概念を一気に浸透させました。

  • 日本での大ブームと「テクノ御三家」(1980年代) 1980年代に入ると、YMOの成功に触発されたニュー・ウェイヴ系のバンドが続々と登場します。特に「テクノ御三家」と呼ばれたプラスチックス、ヒカシュー、P-MODEL(平沢進ら)は、それぞれ個性的なアプローチでインディーズ・シーンや若者文化を牽引しました。 さらにこのサウンドは歌謡界にも急速に波及。「テクノ歌謡」と呼ばれるジャンルが生まれ、アイドルや歌謡曲の楽曲にシンセサイザーの打ち込みやボコーダーが多用されるなど、お茶の間の定番サウンドとなりました。

  • ニュー・シンセポップと多様化(1990年代〜2000年代) 1990年代以降、本場のテクノやハウス・ミュージックがダンスフロアを中心に進化する一方で、テクノポップのキャッチーな精神は「シンセポップ」などの形で脈々と受け継がれます。2000年代半ばには、プロデューサーの中田ヤスタカが手がけるPerfumeが登場。オートチューン加工を施したボーカルとエレクトロサウンドを完璧なダンスパフォーマンスと融合させ、テクノポップを再びメインストリームの頂点へと押し上げました。

  • 現代への継承(2010年代以降〜現在) 現代では、VOCALOID(初音ミクなど)を用いたボカロ曲や、現代のDTM制作によるポップスにその遺伝子が色濃く受け継がれています。無機質な電子音と人間の親しみやすいメロディの融合というテクノポップの魅力は、今なお形を変えながら世界中のクリエイターやリスナーを魅了しています。





2026年9月12日土曜日

イージーリスニング


イージーリスニングというジャンルは、50年代からあったようです。和製英語のような印象を受けますが、実はイギリス発祥のジャンルです。個人的にはハードな曲が好きで、若い頃はイージーリスニングにはまったく興味がありませんでした。

もちろん、ポップな曲やフォークソングは嫌いではありませんでしたが、イージーリスニングは「毒にも薬にもならない音楽」だと決めつけて、興味が湧かなかったのです。

日本でイージーリスニングといえば、ポール・モーリア、レーモン・ルフェーブル、グレン・ミラーなどの、オーケストラをバックにした曲を思い浮かべる人が多いでしょう。

「真珠の首飾り」などは、誰でも一度は耳にしたことがあるはずです。

イージーリスニングを「毒にも薬にもならない」と表現しましたが、今にしてみると、この特徴こそが人をリラックスさせ、集中力を高めるのではないかと思っています。

ハードな曲をBGMにして勉強や読書をする姿を想像してみれば、私が言いたいことは伝わるでしょう。

※リラックスできる曲を集めた動画です。読書、勉強、作業のお供にどうぞ。


◆イージーリスニングとは

イージーリスニング(Easy Listening)は、過度な緊張感を与えず、リラックスして聴くことができるポピュラー音楽のジャンルです。1950年代から1970年代にかけて世界的な黄金期を迎え、独自の発展を遂げてきました。

  • 誕生と発展(1950年代〜1960年代)

    1950年代のアメリカやヨーロッパにおいて、ラジオ放送の普及やステレオ録音技術の進歩を背景に確立されました。かつては「ムード音楽」とも呼ばれ、パーシー・フェイスやマントヴァーニといったオーケストラ指揮者たちが、クラシックやポピュラーソングを洗練されたインストゥルメンタル(器楽曲)へと編曲したことが始まりです。ストリングス(弦楽器)を前面に出した華やかで心地よいサウンドは、日常のBGMとして親しまれました。

  • 黄金期と代表的エピソード(1960年代末〜1970年代)

    1960年代後半から1970年代にかけて、フランスを中心とした「グランド・オーケストラ」の時代が到来します。ポール・モーリアやレイモン・ルフェーヴル、フランク・プゥルセルらがシーンを牽引しました。

    この時代の象徴的なエピソードとして、ポール・モーリア楽団の「恋はみずいろ(Love Is Blue)」が挙げられます。1967年のユーロビジョン・ソング・コンテストに出場したボーカル曲を、彼が優雅なチェンバロの音色を取り入れたインスト曲へ大胆にアレンジして発売したところ、1968年に全米チャート(ビルボード)で5週連続1位を記録する快挙を達成しました。歌のないイージーリスニング曲が全米1位を獲得するのは非常に珍しく、世界的な大ブームを巻き起こすきっかけとなりました。

  • スタイルの変化(1970年代末〜1980年代)

    1970年代末からはリチャード・クレイダーマンの「渚のアデリーヌ」に代表されるような、ピアノをフィーチャーした爽やかなソロ・スタイルの作品が人気を集めます。また、ディスコビートを取り入れたポップなアレンジが増えるなど、時代のトレンドを取り入れながら形を変えていきました。

  • 現代への継承(1990年代以降〜現在)

    時代の変化とともに大編成のオーケストラによるブームは落ち着きましたが、イージーリスニングの精神は途絶えていません。1980年代後半以降の「ニューエイジ・ミュージック」や「ヒーリング・ミュージック」、さらにはカフェBGMや作業用BGM、Spotifyなどのストリーミングサービスにおけるリラックス系プレイリストへとその役割を引き継いでいます。

イージーリスニングは、単なる背景音楽にとどまらず、優れた編曲技術とメロディの美しさで、現在も人々の日常生活に寄り添い続けています。

歌謡曲とポップス


60年代から80年代の日本には、「歌謡曲」というジャンルがありました。歌謡曲は、作詞・作曲の専門家がいて、歌手に曲を提供するというシステムが基本だったため、J-POPのようにミュージシャン自身が作詞・作曲をするのではないという特徴があります。

60年代には、今でいうバンドの形態をとっていた「グループ・サウンズ」と呼ばれるジャンルもありましたが、これも歌謡曲と同じように、作詞家・作曲家が曲を提供していたため、実質的には歌謡曲に含まれるものと考えられます。

ただし、フォークソングと呼ばれていたジャンルや、後期のグループ・サウンズでは、自作の曲を発表するミュージシャンもいました。歌謡曲と区別するために、「シンガー・ソングライター」という言葉も使われていました。

自作ではないからといって、歌謡曲を否定しているわけではありません。名曲も数多くあり、何より分業というシステムには、理にかなっている部分もあったからです。

大御所の作詞家・作曲家が少なくなったとはいえ、他のミュージシャンに曲を提供するというシステムは、今でも存在しています。

歌謡曲の分業制について詳しく調べてみました。

昭和の音楽シーンを支えた歌謡曲の黄金期は、作詞家、作曲家、編曲家、そして歌手がそれぞれの専門分野を分担する「分業制(プロフェッショナル作家主義)」によって成り立っていました。レコード会社や音楽プロデューサーの統括のもと、ヒット曲を効率的かつ組織的に生み出すこのシステムは、日本の大衆音楽の質を飛躍的に高めました。

役割分担による高いクオリティ

分業制の最大の強みは、各工程のプロフェッショナルが持ち場に専念できる点にありました。

  • 作詞家:阿久悠、なかにし礼、松本隆などの名だたる作家たちが、時代を映すドラマチックな詩や大衆の心をつかむストーリーを構築しました。

  • 作曲家:筒美京平、都倉俊一、遠藤実らが、耳に残るキャッチーかつ芸術性の高いメロディを紡ぎ出しました。

  • 編曲家(アレンジャー):馬飼野康二や船山基紀らが、海外のポップスやディスコ、オーケストレーションの要素を取り入れ、楽曲の音楽的な世界観や彩りを決定づけました。

この体制により、歌手は「歌唱・表現」に全力を注ぐことができ、アイドルから本格派の演歌・歌謡歌手まで、個性を最大限に引き出された楽曲が次々と世に送り出されました。

工業的なヒット曲の生産とクオリティの均衡

レコード会社が主導するこのシステムは、マーケティングやリスナーの流行を緻密に計算しながら楽曲を量産する、いわば「高品質な音楽の工業生産システム」でもありました。作家同士のライバル関係や、プロデューサーによる厳格な品質管理が働いていたため、商業的なヒットを狙いつつも、音楽史に残る芸術的な名曲が数多く誕生しました。

ニューミュージックやJ-POPへの移行

1970年代後半から1980年代にかけて、自ら作詞・作曲を手がける「シンガーソングライター」や、バンド自身が楽曲制作を行うニューミュージックが台頭します。さらに1980年代半ば以降、自分たちの表現したい音楽を追求するバンドブームや小室哲哉などのプロデューサー台頭を経て、音楽業界の主流は完全な分業制から、アーティスト自身が制作に関わるスタイル、すなわち現在の「J-POP」へと移行していきました。

2026年9月11日金曜日

ビージーズ



 ビージーズはオーストラリアで結成されたグループで、60年代から70年代にかけて活躍しました。しかし、60年代と70年代では、音楽性が大きく変化しています。

60年代は、ギブ3兄弟を中心とした、いわゆるソフトロックのグループとして、数多くのヒット曲を生み出しました。「ニューヨーク炭鉱の悲劇」「ジョーク」「ワーズ」「ホリデイ」などが代表曲です。特に日本では、映画「小さな恋のメロディ」の挿入歌「メロディー・フェア」が大ヒットしました。

この映画は、中学校の頃、学校主催の映画鑑賞会で上映され、初めて観た記憶があります。イギリス映画ですが、本国ではあまりヒットしなかった一方、日本では主演の子役二人の可愛らしさが受け、映画もヒットしました。

70年代のビージーズは、映画「サタデー・ナイト・フィーバー」のサウンドトラックに収録された「恋のナイト・フィーバー」「ステイン・アライブ」などが大ヒットしました。このサウンドトラックは、後にマイケル・ジャクソンの「スリラー」に抜かれるまで、世界で最も売れたアルバムだったそうです。

大学の同窓生も当時、ジョン・トラボルタにハマり、あのポーズをしていましたが、今も元気でしょうか。


ビージーズの近況について調べてみました。

ビー・ジーズは、現在グループとしての活動は終了しており、現在は過去の功績の再評価と遺産の継承が行われています。

メンバーの現在と「最後の生き残り」バリー・ギブ

ビー・ジーズはギブ家の3兄弟(バリー、ロビン、モーリス)を中心に活動していました。しかし、2003年に三男のモーリスが53歳で急逝し、2012年には双子の弟であるロビンが62歳で病没しました。

唯一の生存メンバーとなった長兄のバリー・ギブ(Barry Gibb)はソロ活動を続けています。2018年には音楽界への貢献により英国王室からナイト(爵位)を授与され、「サー・バリー・ギブ」となりました。2021年にはビー・ジーズの名曲をカントリー界のスターたちとセルフカバーしたソロアルバム『Greenfields』をリリースし、ソロとして初の全英アルバムチャート1位を獲得するなど、変わらぬ影響力を証明しています。また、近年も「ケネディ・センター名誉賞」を受賞するなど数々の栄誉に包まれています。

ドキュメンタリー映画と伝記映画プロジェクト

近年のビー・ジーズ再評価の大きな契機となったのが、2020年に公開された公式ドキュメンタリー映画『ビー・ジーズ 栄光の軌跡(原題:How Can You Mend a Broken Heart)』です。グループの光と影、兄弟の絆を丁寧に描き出し、批評家・ファンから高い評価を受けました。また、ハリウッドでは彼らの波乱万丈な生涯を描く伝記映画の制作プロジェクトも進行しており、長年にわたり世界中で注目を集め続けています。

SNSとストリーミングでの再ブレイク

『Stayin' Alive』や『How Deep Is Your Love(愛はきらめきの中に)』などの代表曲は、TikTokなどのSNSで楽曲がトレンド化し、Z世代をはじめとする若い世代のリスナーの間でも再発見されています。

かつてのディスコの象徴という枠を超え、ポピュラー音楽史上屈指のソングライティングチームとして、ビー・ジーズの楽曲群は今なお世界中で愛され聴き継がれています。

2026年9月10日木曜日

クイーン


70年代に活躍したクイーンの特徴は、フレディ・マーキュリーのボーカルと、ブライアン・メイのギターにあります。フレディ・マーキュリーのボーカルは伸びのあるしっかりした声で、ブライアン・メイのギターは、当時シンセサイザーと間違われることもあった、特徴的な音色でした。

あまりにシンセサイザーと間違われるため、アルバムには「No Synthesizers(シンセサイザーは使用していません)」とクレジットされていたほどです。

デビューからしばらくは欧米ではそれほど人気がなく、批評家からも酷評されていたクイーンですが、デビュー当時から日本での人気は高く、75年の来日コンサートは大成功でした。

アメリカでも、後に映画のタイトルにもなった「ボヘミアン・ラプソディ」が映画「ウェインズ・ワールド」の挿入歌となったことをきっかけに、人気に火がついたと言われています。

個人的には、デビューからアルバムを買い続けたほど好きなバンドの一つで、特に暖炉に使われていたマホガニーを素材にしたギターの音色が大好きでした。

クイーン自体も日本向けに日本語の曲を発表するなど、親日家でもあったようです。


クイーンと日本との関係を掘り下げてみましょう。

クイーンは、デビュー初期から日本と非常に深い絆を結んできました。その関係は単なる「ツアー訪問地」を超え、互いに対する強い愛着とリスペクトに満ちたエピソードで溢れています。

絆の始まり:1975年の初来日

1970年代前半、母国イギリスや全米での評価がまだ確立しきっていなかった頃、日本の音楽雑誌『MUSIC LIFE』などを通じていち早く彼らの魅力を見出したのが日本のファン(特に女性層)でした。

1975年4月、初の来日を果たしたメンバーを羽田空港で迎えたのは、3,000人を超える大観衆の悲鳴と歓声でした。ブライアン・メイが「まるでビートルズになった気分だった」と語るほどの熱狂的な歓迎を受けたメンバーは、一躍大スターとして扱われたことに深く感動し、日本を特別な国として胸に刻むことになります。日本武道館での初公演では、ステージ上で着物を羽織って演奏を披露する場面もありました。

日本への感謝を込めた名曲「手をとりあって」

日本のファンから受けた情熱的な愛に応えるため、ブライアン・メイは1976年発表のアルバム『華麗なるレース』のために楽曲「手をとりあって(Teo Torriatte / Let Us Cling Together)」を書き下ろしました。

この曲のサビには「手を取り合って このまま行こう 愛する人よ」という日本語の歌詞がそのまま取り入れられています。英語圏のトップアーティストが日本語詞入りの楽曲をリリースするのは非常に異例であり、長年にわたり日本のファンへの感謝を伝えるシンボルソングとして愛され続けています。

フレディ・マーキュリーの深すぎる「日本愛」

ボーカルのフレディ・マーキュリーは、音楽活動を通じてだけでなく、プライベートでも熱狂的な親日家として知られています。

  • 美術品・骨董品の収集:ツアーやプライベートで来日するたびにデパートや骨董品店を訪れ、伊万里焼の磁器、伊東深水などの浮世絵、着物などを爆買い(本人は「倒れるまで買え」をスローガンにしていた)していました。

  • 自宅の日本庭園と和室:ロンドンの邸宅「ガーデン・ロッジ」には、日本の職人を呼び寄せて本物の日本庭園を造園させ、錦鯉を飼い、和室まで作らせました。

  • こだわり:パートナーと忍びで来日した際、お風呂に入ろうとしたパートナーに対し「ここは日本なのだから、体を洗ってから入るのがルールだ」と注意したという几帳面な一面もありました。

現在まで続く絆

フレディ亡き後も、ブライアン・メイとロジャー・テイラーはアダム・ランバートらをボーカルに迎えた「クイーン+アダム・ランバート」として何度も来日公演を行い、そのたびに「手をとりあって」を観客とともに大合唱しています。彼らにとって日本は、売れない時代から自分たちを信じ続けてくれた「第2の故郷」であり、その絆は世代を超えて今なお受け継がれています。