2026年9月1日火曜日

80年代はポップスの時代

 


80年代の音楽を語るうえで、「ベストヒットUSA」を欠かすことはできません。アメリカのヒットチャートをMV(ミュージックビデオ)とともに紹介する番組で、1981年からテレビ朝日で放送が始まりました。

それまで、洋楽を映像で本格的に紹介する番組はほとんどありませんでした。唯一、NHKで「ヤング・ミュージック・ショー」が不定期に放送されていたくらいで、毎週本格的にランキングを発表する洋楽番組はこれが初めてだったのです。

タイトルに「USA」と入ってはいるものの、チャートを賑わせていたのはアメリカの楽曲だけではありませんでした。『99 Luftballons(ネーナ)』のようにドイツ語で歌われた曲がヒットしたように、ヨーロッパやオーストラリアなど、世界中の楽曲がベスト10にランクインしていたのです。

オーストラリアからはメン・アット・ワークやミッドナイト・オイルが登場して人気を博し、イギリスからはスパンダー・バレエ、カルチャー・クラブ、デュラン・デュランといったムーブメントを象徴するバンドが次々とブレイクしていきました。そしてもちろん、マイケル・ジャクソンの存在も忘れてはなりません。

そう考えると、80年代はまさに洋楽ポップスの黄金期だったと言えるのではないでしょうか。

2026年8月31日月曜日

音楽と麻雀の日々70年代

 


70年代の音楽シーンといえば、60年代後半からのハードロックの流れに加え、ジャズとロックが融合した「フュージョン」という新しいジャンルが生まれた時代でした。それまで、私自身はジャズにあまり興味がありませんでした。

そんな折り、大学の同好会の仲間が行けなくなったからと代わりにライブチケットを譲り受け、初めてその存在を知ったのが「ウェザー・リポート」でした。ジャズともロックともつかないその斬新な音楽性に、強い感銘を受けたのを覚えています。

そこから、リー・リトナーなどのフュージョンや、AORと呼ばれていた都会的な雰囲気のソフトロックなどもよく聴くようになりました。それまでロックやポップスを中心に聴いていた私にとって、ジャンルが心地よく混ざり合った音楽はとても新鮮に映ったのだと思います。

70年代は、まさに音楽的にジャンルの垣根を超えた新しいサウンドが次々と誕生した時代でした。マンハッタン・トランスファー、クイーン、イーグルスなどが目ざましい活躍を見せ、60年代から続くビージーズ、ディープ・パープル、レッド・ツェッペリンといったグループも絶大な存在感を放っていました。

かくして私の70年代(大学時代)は、多彩な音楽と徹夜麻雀に明け暮れる日々となっていったのでした。

2026年8月30日日曜日

初めての音楽と映画60年代

 


記憶を辿って最初に聞いた曲を思い出そうとしましたが、全く思い出せませんでした。よほど印象が強くないと覚えていないのが普通ですね。

しかし、最初にどんな曲が好きだったのかは母親に言われたことがあります。 

当時はテレビもない時代だったので、たぶんラジオで聞いたのだと思いますが、石原裕次郎の曲がかかると大喜びしていたようです。 

物心がついてから石原裕次郎を積極的に聞くことはなかったですが、会社に入ってから「夜霧よ今夜もありがとう」をカラオケで歌ったような気がします。 

昭和なので先輩に歌えと言われると断れなかったと思いたい。

 しかし、初めて買ったレコードは覚えています。サイモンとガーファンクルのミニアルバムです。

4曲しか収録されていないアルバムですがスカボロー・フェアが収録されていた記憶があります。 今調べると以下の曲が収録されていたミニアルバムがあったようです。

S&Gは今でもたまに聞きたくなります。 

スカボロー・フェア、59番街橋の歌(フィーリン・グルーヴィー)、 早く家へ帰りたい、エミリー・エミリー