2026年9月7日月曜日

第二のビートルズ

 


ビートルズの偉大なところは、「第二のビートルズ」を目指して結成されたバンドや、「第二のビートルズ」と呼ばれたバンドやグループが複数あったことです。成功したバンドは数多くありますが、「第二の〇〇」という言葉を使われるミュージシャンは、ほとんどいません。

同時代に結成された「第二のビートルズ」の一つに、モンキーズがあります。テレビ番組のオーディションによってメンバーが集められ、数多くのヒット曲を生み出しました。特に「デイ・ドリーム・ビリーバー」は、忌野清志郎がカバーしたことでも有名です。

ほかにも、「マイ・シャローナ」のヒット曲があるザ・ナックや、70年代に活躍したベイ・シティ・ローラーズ、ヒット曲を量産したABBAも、「第二のビートルズ」と呼ばれていました。

しかし、本当の意味で「第二のビートルズ」になるには、ヒット曲が多いだけでは足りないと思います。ビートルズの偉大さは、新しい音楽を生み出し、その後の音楽に大きな影響を与えた点にあります。個人的には、いまだにビートルズと肩を並べるミュージシャンは現れていないのではないかと思います。

2026年9月6日日曜日


60年代後半に活躍したバンドに、ドアーズがあります。代表曲の「ハートに火をつけて」や、映画「地獄の黙示録」で使われた「ジ・エンド」などが有名です。

ジム・モリソンは、71年のアルバム「L.A.ウーマン」発表後に亡くなってしまったため、実質的にこれが最後のアルバムと言えるでしょう。あれだけかっこよかったボーカルのジム・モリソンの体型が激変していたことにも驚きました。

87年の映画「ロスト・ボーイズ」では、ドアーズやジム・モリソンがフィーチャーされています。ヴァンパイアの映画ですが、ヴァンパイアが住む洞窟にジム・モリソンの写真が飾られていたり、挿入歌にドアーズの曲が使われたりしています。

しかし、ドアーズのオリジナル曲ではなく、「エコー&ザ・バニーメン」がカバーしたものですが、ボーカルがそっくりで、初めはドアーズと勘違いするほどでした。

ドアーズは、アルバム単位で聴くほど、当時は夢中になっていました。                              

2026年9月5日土曜日

ビートルズ



1960年代を代表する世界的なヒットメーカーといえば、ビートルズをおいてほかにありません。母国イギリスにとどまらず、アメリカのビルボードチャートでも通算20曲が1位を獲得し、1位から5位までをビートルズの楽曲が独占するといった伝説的な記録を残しています。

また、史上初の衛星世界同時生放送でパフォーマンスを披露するなど、時代の節目には常にビートルズの存在がありました。もちろん、日本公演の際にも空前の大騒ぎとなっています。

その日本公演で前座を務めたのが、当時はコミックバンドであり、後に自らのグループ名がタイトルとなった番組をゴールデンタイムに持つことになる「ザ・ドリフターズ」です。ステージに現れたドリフターズをビートルズだと勘違いした観客が、一斉に歓声を上げたというエピソードは有名です。

初期のビートルズはストレートなロックンロールを中心としていましたが、次第にインドの弦楽器シタールを取り入れたり、管弦楽団をバックにした楽曲を発表したりするようになりました。このように新たなジャンルを切り拓き、現代のロックやポップスに多大な影響を与えたのがビートルズなのです。

参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%93%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%AB%E3%82%BA