2026年9月12日土曜日

イージーリスニング


イージーリスニングというジャンルは、50年代からあったようです。和製英語のような印象を受けますが、実はイギリス発祥のジャンルです。個人的にはハードな曲が好きで、若い頃はイージーリスニングにはまったく興味がありませんでした。

もちろん、ポップな曲やフォークソングは嫌いではありませんでしたが、イージーリスニングは「毒にも薬にもならない音楽」だと決めつけて、興味が湧かなかったのです。

日本でイージーリスニングといえば、ポール・モーリア、レーモン・ルフェーブル、グレン・ミラーなどの、オーケストラをバックにした曲を思い浮かべる人が多いでしょう。

「真珠の首飾り」などは、誰でも一度は耳にしたことがあるはずです。

イージーリスニングを「毒にも薬にもならない」と表現しましたが、今にしてみると、この特徴こそが人をリラックスさせ、集中力を高めるのではないかと思っています。

ハードな曲をBGMにして勉強や読書をする姿を想像してみれば、私が言いたいことは伝わるでしょう。

※リラックスできる曲を集めた動画です。どくよ、勉強、作業のお供にどうぞ。



歌謡曲とポップス


60年代から80年代の日本には、「歌謡曲」というジャンルがありました。歌謡曲は、作詞・作曲の専門家がいて、歌手に曲を提供するというシステムが基本だったため、J-POPのようにミュージシャン自身が作詞・作曲をするのではないという特徴があります。

60年代には、今でいうバンドの形態をとっていた「グループ・サウンズ」と呼ばれるジャンルもありましたが、これも歌謡曲と同じように、作詞家・作曲家が曲を提供していたため、実質的には歌謡曲に含まれるものと考えられます。

ただし、フォークソングと呼ばれていたジャンルや、後期のグループ・サウンズでは、自作の曲を発表するミュージシャンもいました。歌謡曲と区別するために、「シンガー・ソングライター」という言葉も使われていました。

自作ではないからといって、歌謡曲を否定しているわけではありません。名曲も数多くあり、何より分業というシステムには、理にかなっている部分もあったからです。

大御所の作詞家・作曲家が少なくなったとはいえ、他のミュージシャンに曲を提供するというシステムは、今でも存在しています。

2026年9月11日金曜日

ビージーズ



 ビージーズはオーストラリアで結成されたグループで、60年代から70年代にかけて活躍しました。しかし、60年代と70年代では、音楽性が大きく変化しています。

60年代は、ギブ3兄弟を中心とした、いわゆるソフトロックのグループとして、数多くのヒット曲を生み出しました。「ニューヨーク炭鉱の悲劇」「ジョーク」「ワーズ」「ホリデイ」などが代表曲です。特に日本では、映画「小さな恋のメロディ」の挿入歌「メロディー・フェア」が大ヒットしました。

この映画は、中学校の頃、学校主催の映画鑑賞会で上映され、初めて観た記憶があります。イギリス映画ですが、本国ではあまりヒットしなかった一方、日本では主演の子役二人の可愛らしさが受け、映画もヒットしました。

70年代のビージーズは、映画「サタデー・ナイト・フィーバー」のサウンドトラックに収録された「恋のナイト・フィーバー」「ステイン・アライブ」などが大ヒットしました。このサウンドトラックは、後にマイケル・ジャクソンの「スリラー」に抜かれるまで、世界で最も売れたアルバムだったそうです。

大学の同窓生も当時、ジョン・トラボルタにハマり、あのポーズをしていましたが、今も元気でしょうか。