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2026年10月3日土曜日

 

ジャズに対するイメージは人それぞれですが、個人的には若い頃に行ったジャズ喫茶のイメージが強く残っています。と言っても友人に連れて行かれたのが最初で、その頃は特別ジャズが好きだったわけではありませんでした。その友人は古いジャズ(今と比べてですが)が好きで、よくジョン・コルトレーンやマイルス・デイヴィスなどを聴いていました。

最初はとっつきにくかったのですが、次第に「ジャズも気持ちが落ち着いていいな」と思うようになりました。その友人とは大学は違っていましたが、大学時代も相変わらずジャズが好きで、ある時「大学の音楽祭でウェザー・リポートの『バードランド』を演奏した」という話を聞きました。

当時、偶然にも私もウェザー・リポートのライブを観に行ったばかりだったので、強く共感した記憶があります。「バードランド」は、実在したニューヨークの有名なジャズクラブの名に由来する曲です。曲の後半ではテンポが上がっていき、やがて軽快な演奏になっていきます。ジャズのコーラスグループであるマンハッタン・トランスファーがこの「バードランド」に歌詞をつけ、ラストの怒涛の展開まで見事にボーカルで表現していたのには実に驚かされました。

ウェザー・リポートの中で特に好きだったミュージシャンは、ベースのジャコ・パストリアスでした。フレットレスベースを駆使し、独特の美しい音を響かせながら軽やかに演奏する姿が非常に印象的でした。

ジャズピアニストでは、チック・コリアやキース・ジャレットをよく聴いていました。中でもキース・ジャレットがソロ・コンサートで披露した即興演奏を収めたアルバム『ザ・ケルン・コンサート』には、深い感銘を受けたことを覚えています。

セロニアス・モンクも有名なピアニストですが、私にとっては筒井康隆の短編「裏小倉」に出てくる百人一首のパロディ、「せろにあす もんくのかたを ながむれば ただあねだけが うれのこりける」の印象が強く、まるで枕詞のように記憶に残っています。

また、ジャズにまつわるエピソードで思い出すのは、タモリさんとその友人であるジャズミュージシャンのお話です。そのミュージシャンがアフリカの民族衣装を着て、アフリカの使節団のふりをして列車に乗った時のこと。子連れの母親から「アフリカの数の数え方」を聞かれ、適当な出鱈目(でたらめ)を教えてやり過ごそうとしたそうです。しかし、その母親から「あのー、すみません。もう一度お願いします」と聞き返され、二度と同じ言葉を再現できずに逃げ出すしかなかった……という笑話を聞いた覚えがあります。

ロックは体を揺らす動きから発展したジャンルのようですが、ジャズにおいて同じようにリズムに乗って揺れることは「スウィングする」と表現されます。

筒井康隆の小説に『ジャズ大名』という作品があります。幕末の日本に漂着したアメリカのジャズ・ミュージシャンが城の地下牢に収監され、そこでジャズの演奏を始めたことから、やがて大名や家臣、周囲の人々、さらには和楽器まで巻き込んだ狂乱の一大セッションへと発展し、そのまま明治維新を迎えてしまうというあらすじです。和服姿の人々がジャズセッションに加わり、夢中でスウィングしている姿を想像するだけで笑ってしまいました。

私にとって音楽としてのジャズは、激しくスウィングするというよりも、気分が落ち着くBGMのような存在です。熱狂的なジャズファンではないからかもしれませんが、だからこそ心地よく聴くことができるのかもしれません。

BGMという存在は、心地よく流れていく風のようなものです。何かに集中している時にはその邪魔をせず、そっと気持ちをリラックスさせてくれます。





2026年10月1日木曜日

外見と声がまるで一致しないミュージシャンは意外に多いものです。これはルッキズムによる偏見ではないと断言しておきますが、優しそうな顔をしていて声が大きく乱暴だったというギャップは日常でもあり得ることです。

特に60年代は今ほど外国人ミュージシャンの動画がなかったので、写真を見るだけでは歌声まで想像できませんでした。日本人歌手はヒット曲があればTVによく出ていたので顔と声が一致しますが、それでも菅原洋一さんや小椋佳さんなどは、外見からの想像を超える美声で有名でした。

洋楽のミュージシャンで個人的にギャップを感じたのは、ギルバート・オサリバンでした。彼は当初、髪型がおかっぱに近かったので、あの美しい声のイメージが湧かなかったのです(おかっぱの人はごめんなさい)。ギルバート・オサリバンの「アローン・アゲイン」や「ゲット・ダウン」は、アニメや実写映画でも使われていました。

もっとも「アローン・アゲイン」は、映画ではテーマソングでしたが、アニメでは歌詞の内容が物語にそぐわないため、一度しか放送されなかったようです。

もう一人ギャップを感じたミュージシャンは、クリストファー・クロスです。写真だけを見るとおじさんにしか見えないのですが、歌声は「美声」と呼ぶにふさわしい素晴らしい声質です(おじさんの皆さんごめんなさい)。

クリストファー・クロスには、「風立ちぬ(Ride Like the Wind)」「セイリング(Sailing)」「ニューヨーク・シティ・セレナーデ(Arthur's Theme (Best That You Can Do))」などの名曲があります。どれも美しい曲で今でも大好きです。

見た目と声のギャップについて語ることは、一見すると見た目をけなしているように聞こえてしまうかもしれませんが、むしろ「声の素晴らしさを強調している」と捉えてもらえると助かります。ミュージシャンに限らず、人間には良いところと悪いところがあるのが自然です。悪い点をカバーできるほど良い点を育てていけば、短所も気にならなくなります。それを体現したのが、前述のミュージシャンたちなのかもしれません。

「ギャップ萌え」という言葉があるくらいなので、ギャップそのものは必ずしもマイナスの評価ではありません。しかし、時にはそれが大きな賛否両論を巻き起こすこともあります。

例えばメタルには、他のジャンルを取り入れたサブジャンルがたくさん存在します。「プログレッシブ・メタル(Progressive Metal)」「メタルコア(Metalcore)」「ニュー・メタル / ラップメタル(Nu Metal)」などのほかに、「ヴァイキング・メタル(Viking Metal)」や「ニンテンドーコア(Nintendo Core)」まであります。

そうした中でBABYMETALが登場した際、大きな賛否両論が巻き起こったのは、「かわいらしいアイドル風のボーカル」があまりにも従来のメタルミュージックと異質に思えたからでしょう。

しかし正統派のメタルエリートにとって皮肉なことに、この賛否両論があったからこそBABYMETALの認知度は一気に高まりました。「1年も持たない」とまで言われたBABYMETALですが、10年以上が経過した今も第一線で活躍し続けています。単純な話、自分の好みに合わない音楽は聴かなければいいだけで、頭ごなしに批判する必要はまったくありません。

今では日本のガールズバンドやメタルシーンが世界的に見てもますます盛況ですが、この流れにはBABYMETALの世界的な活躍も大きく影響しているのではないでしょうか。

※今回の動画はブログの内容とは無関係ですが、これもギャップ萌えということで。