彼らの魅力の真骨頂は、何と言っても「アコースティック・ギター1本から広がる濃密な世界観」にあります。名曲『The Sound of Silence』や『Homeward Bound(帰郷)』で聴ける繊細なアルペジオの音色は、単なる伴奏にとどまらず、歌声と同等かそれ以上に雄弁に感情を語りかけてきます。
私自身、彼らの音楽には忘れられない思い出があります。大学時代、「人間学」の授業で配られた教材を開いたときのことです。そこに『The Sound of Silence』の歌詞がそのまま教材として掲載されているのを目にして、大きな衝撃と驚きを覚えました。静寂や現代社会の孤独を描いたポール・サイモンの詩は、単なるポップ・ミュージックの枠を超えた深い思索に満ちており、その哲学的な詞の世界に改めて深く感銘を受けた瞬間でした。
その代表格として挙げられるのが、アメリカのバンド「アメリカ」による『名前のない馬(A Horse with No Name)』(1972年)でしょう。リズムは単調で歌詞も情景描写が中心ですが、全米1位という大ヒットを記録しています。当時の日本では総合チャート上位に入るような記録はありませんでしたが、洋楽ファンの間では非常に人気の高い名曲です。
80年代にも、こうしたシンプルな曲が大ヒットしています。ユーリズミックスの『スウィート・ドリームス(Sweet Dreams (Are Made of This))』も、1983年に全米1位を獲得しました。あまりにもリフレインが単調なため、当時は「お経のようだ」と評した人もいたほどでした。
ユーリズミックスにはヒット曲が多く、1985年の『ゼア・マスト・ビー・アン・エンジェル(There Must Be an Angel (Playing with My Heart))』も全英1位を記録しています。こちらはメロディアスで曲の冒頭から惹きつけられるナンバーです。日本のTVドラマやCMなどでもよく使われていたため、聞き覚えがある人も多いでしょう。スティーヴィー・ワンダーがハーモニカで参加していることでも有名です。
個人的に「究極の単調な曲」として強く記憶に残っているのが、ホット・レッグスの『ネアンデルタール・マン(Neanderthal Man)』です。メロディーもリズムも歌詞もひたすら単調で、まさにタイトル通りの原始的な泥臭さがあり、聴いた当時は大きな衝撃を受けました。なお、ホット・レッグスのメンバーが中心となって結成されたのが「10cc」です。彼らは後に、全英1位・全米2位を獲得した大名曲『アイム・ノット・イン・ラブ(I'm Not in Love)』を発表することになります。
60年代のザ・ビートルズには「Good Morning Good Morning('67)」があります。ニワトリの鳴き声から始まる軽快で実験的なロックですが、朝の慌ただしい雰囲気を表現したヒット曲です。
ミュージカル「ヘアー」の中で歌われていた「Good Morning Starshine('69)」は、オリバーによるカバーが大ヒットしました。明るい朝にぴったりの曲です。
個人的にも好きなキャット・スティーブンスには「Morning Has Broken('71)」という曲があります。讃美歌のような神聖なイメージを持つ、ピアノをバックにしたフォークソングです。
タイトルに朝はありませんが、スーパートランプの「Breakfast in America('79)」も大ヒットしました。大好きなイギリスのバンドの一つで、特徴的なボーカルに惹かれていました。
フリートウッド・マックもイギリスのバンドですが、お金がない中高生時代にレコード店で「English Rose」のジャケットを見て、身長が2mもありそうなメンバーの写真にびっくりした記憶があります。フリートウッド・マックにも朝の曲があり、「Monday Morning('75)」が収録されているアルバム「Fleetwood Mac(白いアルバム)」は大ヒットしています。
フラワー・ムーブメントはサンフランシスコを中心として広がっていきましたが、当時の様子を象徴的に歌ったのが、スコット・マッケンジー(Scott McKenzie)の「花のサンフランシスコ(San Francisco / Be Sure to Wear Flowers in Your Hair)」です。「サンフランシスコに行くときは、忘れずに髪に花を挿しておくれ」といった内容の歌詞を持つこの曲は、ジャンルとしてはフォーク・ロック(Folk Rock)に分類されますが、同じ頃にはサイケデリック・ロック(Psychedelic Rock)も誕生しています。このジャンルではジミ・ヘンドリクス(Jimi Hendrix)が非常に有名です。
フラワー・ムーブメントの最盛期は、1967年の「サマー・オブ・ラブ(Summer of Love)」と呼ばれる現象で、サンフランシスコのヘイト・アシュベリー(Haight-Ashbury)地区には10万人以上のヒッピーが集まったとされています。
試行錯誤と世界的ブレイク
シドの離脱後、デヴィッド・ギルモアが加入。ロジャー・ウォーターズ、リチャード・ライト、ニック・メイスンとともに大作志向のサウンドへシフトします。1970年の『原子心母』や1971年の『おせっかい』を経て、1973年に歴史的名盤『狂気(The Dark Side of the Moon)』をリリース。全米チャートに741週(約15年間)にわたりランクインし続ける前人未到の記録を打ち立て、世界的メガバンドへ成長しました。
この時代の象徴的なエピソードとして、ポール・モーリア楽団の「恋はみずいろ(Love Is Blue)」が挙げられます。1967年のユーロビジョン・ソング・コンテストに出場したボーカル曲を、彼が優雅なチェンバロの音色を取り入れたインスト曲へ大胆にアレンジして発売したところ、1968年に全米チャート(ビルボード)で5週連続1位を記録する快挙を達成しました。歌のないイージーリスニング曲が全米1位を獲得するのは非常に珍しく、世界的な大ブームを巻き起こすきっかけとなりました。