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2026年10月8日木曜日

 ヒット曲には覚えやすいメロディーや心を打つ歌詞など様々な要素がありますが、中には単調なリズムの曲もあります。つまり、シンプルなリズムで聴き飽きてしまいそうな曲でも、大ヒットにつながることがあるのです。

その代表格として挙げられるのが、アメリカのバンド「アメリカ」による『名前のない馬(A Horse with No Name)』(1972年)でしょう。リズムは単調で歌詞も情景描写が中心ですが、全米1位という大ヒットを記録しています。当時の日本では総合チャート上位に入るような記録はありませんでしたが、洋楽ファンの間では非常に人気の高い名曲です。

80年代にも、こうしたシンプルな曲が大ヒットしています。ユーリズミックスの『スウィート・ドリームス(Sweet Dreams (Are Made of This))』も、1983年に全米1位を獲得しました。あまりにもリフレインが単調なため、当時は「お経のようだ」と評した人もいたほどでした。

ユーリズミックスにはヒット曲が多く、1985年の『ゼア・マスト・ビー・アン・エンジェル(There Must Be an Angel (Playing with My Heart))』も全英1位を記録しています。こちらはメロディアスで曲の冒頭から惹きつけられるナンバーです。日本のTVドラマやCMなどでもよく使われていたため、聞き覚えがある人も多いでしょう。スティーヴィー・ワンダーがハーモニカで参加していることでも有名です。

また1984年には、ジョージ・オーウェル原作の映画『1984』が公開され、ユーリズミックスが手がけた『1984のテーマ(Sexcrime (Nineteen Eighty-Four))』がヒットしました。しかし、これは映画監督の意向に添わなかったようで、公開バージョンによっては彼らの曲が使われていないケースもありました。

個人的に「究極の単調な曲」として強く記憶に残っているのが、ホット・レッグスの『ネアンデルタール・マン(Neanderthal Man)』です。メロディーもリズムも歌詞もひたすら単調で、まさにタイトル通りの原始的な泥臭さがあり、聴いた当時は大きな衝撃を受けました。なお、ホット・レッグスのメンバーが中心となって結成されたのが「10cc」です。彼らは後に、全英1位・全米2位を獲得した大名曲『アイム・ノット・イン・ラブ(I'm Not in Love)』を発表することになります。

『アイム・ノット・イン・ラブ』の歌詞は「本当は恋しているのに、それを強がって否定する」というあまのじゃくな内容です。『ネアンデルタール・マン』も実験的な作品でしたが、『アイム・ノット・イン・ラブ』でも、アナログ時代に3人分の声で13音の音階をそれぞれ16回重ね合わせ、テープの端と端をつないで無限ループのコーラスパートを作るという、狂気とも言える途方もないレコーディングを行っています。まさに「肉声によるシンセサイザー」と言えるでしょう。

一口にヒット曲と言ってもヒットの理由は様々であり、中にはこうした実験的な試みや偶然の産物から生まれた名曲もある点が非常に興味深いですね。

※何も考えずにうまくいくこともあります。特にワークアウトはひたすら続けることだけを考えるとうまくいくかも。



2026年10月6日火曜日


爽やかに目覚めた朝には、その気分にふさわしい曲を聞くことで朝のルーティンも楽しく過ごせます。60〜80年代には、朝にふさわしい数々の名曲がヒットしました。

60年代のザ・ビートルズには「Good Morning Good Morning('67)」があります。ニワトリの鳴き声から始まる軽快で実験的なロックですが、朝の慌ただしい雰囲気を表現したヒット曲です。 ミュージカル「ヘアー」の中で歌われていた「Good Morning Starshine('69)」は、オリバーによるカバーが大ヒットしました。明るい朝にぴったりの曲です。 個人的にも好きなキャット・スティーブンスには「Morning Has Broken('71)」という曲があります。讃美歌のような神聖なイメージを持つ、ピアノをバックにしたフォークソングです。

タイトルに朝はありませんが、スーパートランプの「Breakfast in America('79)」も大ヒットしました。大好きなイギリスのバンドの一つで、特徴的なボーカルに惹かれていました。 フリートウッド・マックもイギリスのバンドですが、お金がない中高生時代にレコード店で「English Rose」のジャケットを見て、身長が2mもありそうなメンバーの写真にびっくりした記憶があります。フリートウッド・マックにも朝の曲があり、「Monday Morning('75)」が収録されているアルバム「Fleetwood Mac(白いアルバム)」は大ヒットしています。 

モーリン・マクガヴァンが歌った映画「ポセイドン・アドベンチャー」の主題歌「The Morning After('73)」も大ヒットしました。この頃はパニック映画と呼ばれる大規模な特撮を使ったハリウッド映画がヒットした時代でもあります。高層ビルが手抜き工事で大火災になる「タワリング・インフェルノ」もその一つです。 「ポセイドン・アドベンチャー」は豪華客船が上下逆さまになって沈没する中で脱出を試みる映画で、無事脱出した朝のシーンでこの曲が流れます。

80年代では、シーナ・イーストンの「Morning Train (Nine to Five)」('80)が全米1位を獲得しています。

朝の音楽というと穏やかで落ち着いた雰囲気の曲が多いのかと思っていましたが、ヒット曲だけでも様々な曲調がありバラエティに富んでいます。

前述のヒット曲以外にも朝のイメージに合った曲を以下に紹介しておきます。気になる曲があったらぜひ一度聴いてみてください。

  • Simon & Garfunkel - 「The 59th Street Bridge Song (Feelin' Groovy)」('66)

朝の爽やかな気分や、新しい一日の始まりのウキウキした高揚感を思わせる軽快なアコースティックナンバーです。
  • The Kinks - 「Sunny Afternoon」('66)
厳密には「午後の日差し」の曲ですが、のんびりとした朝のティータイムやくつろぎのひとときに寄り添う、英国らしい乾いたユーモアと心地よいメロディが魅力です。

  • Daryl Hall & John Oates - 「Everytime You Go Away」(※朝の曲ではありませんが80年代の定番) / 代わりに朝をテーマにした曲として George Benson - 「Morning Dance」('79)(スパイロ・ジャイラのカバーでも有名)
スムーズジャズやフュージョン寄りの爽快なインストゥルメンタルで、きらめく朝の光や朝のドライブにぴったりのナンバーです。



2026年10月1日木曜日

外見と声がまるで一致しないミュージシャンは意外に多いものです。これはルッキズムによる偏見ではないと断言しておきますが、優しそうな顔をしていて声が大きく乱暴だったというギャップは日常でもあり得ることです。

特に60年代は今ほど外国人ミュージシャンの動画がなかったので、写真を見るだけでは歌声まで想像できませんでした。日本人歌手はヒット曲があればTVによく出ていたので顔と声が一致しますが、それでも菅原洋一さんや小椋佳さんなどは、外見からの想像を超える美声で有名でした。

洋楽のミュージシャンで個人的にギャップを感じたのは、ギルバート・オサリバンでした。彼は当初、髪型がおかっぱに近かったので、あの美しい声のイメージが湧かなかったのです(おかっぱの人はごめんなさい)。ギルバート・オサリバンの「アローン・アゲイン」や「ゲット・ダウン」は、アニメや実写映画でも使われていました。

もっとも「アローン・アゲイン」は、映画ではテーマソングでしたが、アニメでは歌詞の内容が物語にそぐわないため、一度しか放送されなかったようです。

もう一人ギャップを感じたミュージシャンは、クリストファー・クロスです。写真だけを見るとおじさんにしか見えないのですが、歌声は「美声」と呼ぶにふさわしい素晴らしい声質です(おじさんの皆さんごめんなさい)。

クリストファー・クロスには、「風立ちぬ(Ride Like the Wind)」「セイリング(Sailing)」「ニューヨーク・シティ・セレナーデ(Arthur's Theme (Best That You Can Do))」などの名曲があります。どれも美しい曲で今でも大好きです。

見た目と声のギャップについて語ることは、一見すると見た目をけなしているように聞こえてしまうかもしれませんが、むしろ「声の素晴らしさを強調している」と捉えてもらえると助かります。ミュージシャンに限らず、人間には良いところと悪いところがあるのが自然です。悪い点をカバーできるほど良い点を育てていけば、短所も気にならなくなります。それを体現したのが、前述のミュージシャンたちなのかもしれません。

「ギャップ萌え」という言葉があるくらいなので、ギャップそのものは必ずしもマイナスの評価ではありません。しかし、時にはそれが大きな賛否両論を巻き起こすこともあります。

例えばメタルには、他のジャンルを取り入れたサブジャンルがたくさん存在します。「プログレッシブ・メタル(Progressive Metal)」「メタルコア(Metalcore)」「ニュー・メタル / ラップメタル(Nu Metal)」などのほかに、「ヴァイキング・メタル(Viking Metal)」や「ニンテンドーコア(Nintendo Core)」まであります。

そうした中でBABYMETALが登場した際、大きな賛否両論が巻き起こったのは、「かわいらしいアイドル風のボーカル」があまりにも従来のメタルミュージックと異質に思えたからでしょう。

しかし正統派のメタルエリートにとって皮肉なことに、この賛否両論があったからこそBABYMETALの認知度は一気に高まりました。「1年も持たない」とまで言われたBABYMETALですが、10年以上が経過した今も第一線で活躍し続けています。単純な話、自分の好みに合わない音楽は聴かなければいいだけで、頭ごなしに批判する必要はまったくありません。

今では日本のガールズバンドやメタルシーンが世界的に見てもますます盛況ですが、この流れにはBABYMETALの世界的な活躍も大きく影響しているのではないでしょうか。

※今回の動画はブログの内容とは無関係ですが、これもギャップ萌えということで。



2026年9月28日月曜日

アニメのテーマ曲とエンディング

昔のアニメの主題歌といえば、作品に合わせて作詞・作曲されたオリジナルの楽曲が常識でした。「サザエさん」のテーマソングが典型的な例で、日本人であれば誰でも口ずさめる曲になっています。他にも「いなかっぺ大将」の主題歌などが有名です。歌手は当時まだ無名だった吉田よしみ(後の天童よしみ)で、後に大ヒット歌手となった際に「この歌も歌っていたのか」と話題になりました。

当時のアニメは子供向けがほとんどだったため、子供にもわかりやすい歌詞やメロディーが必要だったのでしょう。しかし、1980年代以降、アニメの主題歌事情は大きく変化していきます。

もちろんアニメの内容に沿った歌詞の主題歌もまだありましたが、有名ミュージシャンの楽曲やタイアップ曲が増えていきました。アニメを観る世代が子供から10代後半以上まで広がったことも要因の一つでしょう。

◆80年代アニメの主なテーマソングと歌手・ミュージシャン

  • 『CAT'S EYE』(杏里):『キャッツ・アイ』オープニング

  • 『タッチ』(岩崎良美):『タッチ』オープニング

  • 『Get Wild』(TM NETWORK):『シティーハンター』エンディング

  • 『摩訶不思議アドベンチャー!』(高橋洋樹):『ドラゴンボール』オープニング

  • 『愛をとりもどせ!!』(クリスタルキング):『北斗の拳』オープニング

こうしてみると、「Get Wild」をはじめ、アニメのタイアップとして有名アーティストを起用する傾向が強まっていったことがわかります。

◆90年代アニメの主なテーマソングと歌手・ミュージシャン

  • 『プラチナ』 / 坂本真綾 (『カードキャプターさくら』OP)

  • 『世界が終るまでは…』 / WANDS (『SLAM DUNK』ED)

  • 『煌めく瞬間に捕われて』 / MANISH (『SLAM DUNK』ED)

  • 『そばかす』/ JUDY AND MARY(『るろうに剣心』OP)

これらの曲の多くは、アニメの物語や設定とは直接関係のない、アーティストのタイアップ曲(または既存曲)です。なぜこうした傾向が強くなったのかというと、当時のレコード会社(現在の音楽レーベル)のマーケティング戦略が大きな要因とされています。

言葉は悪いですが、アニメというメディアを活用してタイアップを行い、楽曲のヒットやミュージシャンの知名度を上げることが目的であり、その思惑は見事に成功したと言えるでしょう。

2000年代以降は、こうした露骨な商業主義的タイアップに対する見直しが進みつつも、原作の雰囲気を考慮した既存曲(洋楽など)を採用するケースも出てきました。オリジナル曲だけに固執せず、作品の世界観と合致していれば積極的に採用するという柔軟な方向性に変化してきたのかもしれません。

『ジョジョの奇妙な冒険』のエンディングにイエスの「Roundabout」が起用された時は、洋楽ファン・プログレファンとして胸が熱くなったのを覚えています。『ジョジョの奇妙な冒険』は登場人物やスタンド名に洋楽の楽曲やミュージシャン名が多数登場するため、洋楽ファンにとってもたまらない作品です。

※進撃の巨人は久しぶりにリアルタイムで追い続けた漫画でした



2026年9月1日火曜日

80年代はポップスの時代

 


80年代の音楽を語るうえで、「ベストヒットUSA」を欠かすことはできません。アメリカのヒットチャートをMV(ミュージックビデオ)とともに紹介する番組で、1981年からテレビ朝日で放送が始まりました。

それまで、洋楽を映像で本格的に紹介する番組はほとんどありませんでした。唯一、NHKで「ヤング・ミュージック・ショー」が不定期に放送されていたくらいで、毎週本格的にランキングを発表する洋楽番組はこれが初めてだったのです。

タイトルに「USA」と入ってはいるものの、チャートを賑わせていたのはアメリカの楽曲だけではありませんでした。『99 Luftballons(ネーナ)』のようにドイツ語で歌われた曲がヒットしたように、ヨーロッパやオーストラリアなど、世界中の楽曲がベスト10にランクインしていたのです。

オーストラリアからはメン・アット・ワークやミッドナイト・オイルが登場して人気を博し、イギリスからはスパンダー・バレエ、カルチャー・クラブ、デュラン・デュランといったムーブメントを象徴するバンドが次々とブレイクしていきました。そしてもちろん、マイケル・ジャクソンの存在も忘れてはなりません。

そう考えると、80年代はまさに洋楽ポップスの黄金期だったと言えるのではないでしょうか。

日本での80年代洋楽ポップスをまとめると以下のようになります。

1980年代の洋楽ポップスは、日本においても空前の大ブームを巻き起こした音楽の黄金期でした。FMラジオや音楽番組、そして何よりも「MTV」の本格的な上陸・普及によって、音楽は「耳で聴くもの」から「目でも楽しむスタイリッシュな映像芸術」へと大きく変わり、日本の若者たちのライフスタイルやカルチャーに決定的な影響を与えました。

  • メディアの革新と「ベストヒットUSA」の熱狂 当時の日本で洋楽ブームの火付け役となったのが、小林克也氏がDJを務めた深夜の洋楽番組『ベストヒットUSA』でした。テレビ画面を通して流れる海外アーティストたちの洗練されたPV(プロモーションビデオ)は、日本のリスナーに強烈なインパクトを与えました。また、カセットテープへのエアチェック(ラジオ録音)が日常茶飯事に行われ、毎週の全米ヒットチャートの動向に一喜一憂する文化が定着しました。

  • 日本で絶大な人気を誇ったスターたち

    • マイケル・ジャクソン:アルバム『スリラー』の大ヒットとともに来日を果たし、日本中が社会現象レベルの熱狂に包まれました。彼のダンスやファッションは多くの日本人に模倣されました。

    • ワム!(Wham!):ジョージ・マイケルとアンドリュー・リッジリーによるデュオ。「ウキウキ・ウェイク・ミー・アップ」などのポップで弾ける楽曲や甘いルックスで、日本のティーンエイジャーを中心に絶大な支持を得ました。

    • デュラン・デュラン:端正なルックスで「ニューロマンティック」ムーブメントを牽引し、日本のCMにも出演するなど、当時のファッションや音楽シーンのアイコンとして崇拝されました。

    • マドンナやシンディー・ローパー:強烈な個性と自由な自己表現、ポップでカラフルなファッションが日本の女性層に強くインスピレーションを与えました。

  • 日本の音楽シーンへの波及 80年代の洋楽ポップスが持つ、シンセサイザーを多用した透明感のあるサウンドや緻密なアレンジメントは、のちの日本の「シティポップ」や、アイドル歌謡曲、J-POPの進化にも多大な影響を与えました。

時代を超えて今なお色褪せないメロディと圧倒的なエンターテインメント性を持った80年代洋楽は、当時の思い出とともに、日本における永遠のマスターピースとして愛され続けています。