「一発屋」という言葉は、大きなヒット曲が1曲しかないミュージシャンのことをいいます。たいがいは、そのミュージシャンを馬鹿にしたようなニュアンスで使われていますが、よく考えてみれば、大ヒット曲があるというのは、それだけでも尊敬に値します。
世の中には星の数ほどミュージシャンがいますが、誰もが知っているヒット曲を持つミュージシャンは、1割にも満たないかもしれません。ヒット曲のないミュージシャンは埋もれてしまい、存在すら気づかれないのです。むしろ、「一発屋」は褒め言葉ではないでしょうか。
大ヒット曲があるものの、ほかの曲を知らないというケースで、私がすぐに思いつくのは、以下のミュージシャンと曲です。もちろん、ほかにもヒット曲があるのに、私が知らないだけという可能性はありますが。
ザ・ナック……「マイ・シャローナ」
ピーター・フランプトン……「ショー・ミー・ザ・ウェイ」
ディキシーズ・ミッドナイト・ランナーズ……「カモン・アイリーン」
バグルス……「ラジオ・スターの悲劇」
もちろん、上記以外にもたくさんの曲がありますが、みなさんが思いつく「一発屋」といえば、どんなミュージシャンや曲でしょうか。
※動画をアップしたのでよかったら見てください。
音楽シーンにおいて「一発屋(英語圏ではワン・ヒット・ワンダー)」とは、一度だけ、あるいは一時的に驚異的な大ヒットを記録しながらも、その後はそれに匹敵する商業的成功を収められなかったアーティストや楽曲を指します。国内外で人々の記憶に強烈なインパクトを残した代表的な一発屋ミュージシャンたちをご紹介します。
日本の代表的な一発屋アーティスト
子門正人(「およげ!たいやきくん」):1975年に発売された童謡・企画シングルでありながら、日本のシングル史上最大の売上枚数(オリコン公認で約457万枚)を記録した歴史的ヒット曲です。国民的ブームとなりましたが、歌手本人は表立ったメディア露出を控えたこともあり、この曲の巨大な印象が強く残りました。
久保田早紀(「異邦人」):1979年にリリースされたデビュー曲が、エキゾチックなメロディとミステリアスな世界観で爆発的な大ヒットを記録しました。のちにタイアップ曲やアルバムを発表し、シンガーソングライターとして活動を続けましたが、このデビュー曲の圧倒的な知名度から代名詞的な存在として語り継がれています。
円広志(「夢想花」):1978年に「飛んで飛んで飛んで…」という強烈なフレーズとリズミカルなメロディで大ヒットを飛ばしました。現在は関西を中心にタレントやコンポーザーとしてマルチに活躍していますが、シンガーとしての代表作といえば今なおこの曲が挙げられます。
KAN(「愛は勝つ」):1990年にリリースされた楽曲が、前向きなメッセージと美しいメロディでミリオンセラーを達成し、日本レコード大賞を受賞する大ヒットとなりました。その後も独自の音楽性を追求した良質なポップスを発表し続けましたが、世間一般のパブリックイメージとしては一発大ヒットの印象が強く残る形となりました。
海外(洋楽)の代表的なワン・ヒット・ワンダー
ロサンゼルスのオルタナティヴ・ロックバンド、
:1995年に発表されたリズミカルなダンス曲は、世界中で「マカレナ・ダンス」を伴う歴史的社会現象を起こし、全米ビルボードチャートで14週連続1位を記録しました。あまりにも強烈な一発だったため、世界的なワン・ヒット・ワンダーの代名詞とされています。ロス・デル・リオ(「マカレナ」) リック・アストリー(「Never Gonna Give You Up(ギヴ・ユー・アップ)」):1987年のデビュー曲が世界各国でチャート1位を獲得しました。ソウルフルな低音ボイスで一世を風靡したのち、2000年代以降はインターネットミーム「リックロール」の定番として再び世界的な知名度を得ることになりました。
ナールズ・バークレイ(「クレイジー」) :デンジャー・マウスとシーロー・グリーンによるプロジェクトが2006年に発表した楽曲で、全英チャートで歴史的なロングヒットを記録するなど世界を席巻しました。その後も個々の活動やヒット曲はありますが、この曲の圧倒的なインパクトからは一発屋的に語られることがあります。バルタリ(「ジプシー・ウーマン」) :1991年に発表したハウスミュージックの歴史的名曲であり、キャッチーな「ラ・ダ・ディ、ラ・ダ・ダ」のフレーズで世界中のクラブシーンとチャートを席巻しました。
一発屋と呼ばれるアーティストたちの多くは、音楽的才能に欠けていたわけではなく、むしろ時代のニーズや偶然のケミストリーが奇跡的に噛み合った結果として、後世まで語り継がれるほどの巨大な金字塔を打ち立てた人々です。
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